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バルト三国ツアースナップ集3 ~杉原千畝を巡る旅~ 三好 彰

前号に引き続き、バルト三国ツアーの記事をご紹介いたします。

●8月15日(月)

〇カウナス → リガ

 外交官・杉原千畝の歴史が残るリトアニア第2の都市カウナスを発ち、320㎞北にある隣国ラトビアの港町リガへ向かいます(図1)。
 バスの中から視線を外に向けると、濃い緑の生い茂る森林と刈り取られて短い草の生えた田園地帯が広がっています。
 よく見ると、刈り取られた牧草はロール状にまとめられてそこかしこにピラミッド状に積まれていました(図2・3)。
 かつて、世界初の花粉症であるカモガヤ花粉症が、英国の森林伐採によってカモガヤの繁茂したせいで引き起こされた事を思い出し、この地でも同様の事態が起きたのではないかと想像してしまいます。

(図1) (図1)

(図2)バスは木々の間を行きます (図2)バスは木々の間を行きます

(図3)ロール状の牧草 (図3)ロール状の牧草

〇十字架の丘(シャウレイ・図4)

 ラトビアに入る直前、リトアニア北部の街シャウレイに立ち寄りました。ここにはかつてロシア帝国に反旗を翻して処刑や流刑にされた人たち、その後のソ連時代に抑圧された人たちを悼むために、数多くの十字架が置かれている場所です。
 十字架は今でも増え続けており、その数は今やリトアニアの総人口よりも多いそうです。
 余談ですが、今のバルト三国には2014年のクリミア危機によってロシアが再びバルト三国に侵攻してくるのではないか? という疑念が渦巻いているそうです。
 地理・歴史的にみると、この地は東西両陣営の狭間にあり、常に独露両大国の領土政策の影響を受けてきました。日本でも有名な「ムーミン」の翻訳者である小野寺百合子氏によると、ソ連の支配時代に行われたソ連化政策では、生活レベルをソ連の平均並に落とすために農工業機械や原料となる穀物、家畜などは持ちさられ、教育、文化、生活のすべての面で民族色を無くすように強制されたそうです。
 バルト三国は2004年にNATOとEUに加盟しています。しかし、世界情勢は刻一刻と変化を見せ、その瞬間の常識が覆されることは珍しくもないと言う現実があります。

〇国 境(図5)

 見落としてしまいそうな小さな「ラトビア」と書かれたEUマーク入り看板より先が、隣国であるラトビアです。EU加盟国間の移動の際はパスポートの提示なしで国境を渡る事ができるため検問などはありません。

〇ルンダーレ宮殿(図6)

 リトアニアからラトビアのリガまでを南北につなぐE67号線と、ラトビア南部を東西に走る交通路が交わる街バウスカ市。この街の郊外にあるルンダーレ宮殿はバルトのベルサイユ宮殿とも呼ばれ、2階建てのバロック・ロココ様式の外観からなり、内部には138の部屋が用意されています(図7)。
 ロココ様式とはフランス発祥のバロック建築の一つで、壁と天井の境目が明確ではないのが特徴だそうです。

●8月16日(火)

〇リ ガ(図8)

 ラトビアの首都リガは人口70万人を抱える港町です。地理的にバルト三国のほぼ中央にあり、海運貿易も盛んであったことから他の諸都市よりも開放的な雰囲気が感じられます。
 帝政ロシアに支配された時代もヨーロッパの窓として隆盛を誇りロシア第3の都市として成長しました。
 リガは、市街の中心を南北に流れるダウガヴァ川で東西に二分されています。この川の源流はロシアの首都モスクワとバルト海に面したサンクトペテルブルグの中間にあるバルダイ丘陵から端を発します。全長が1020㎞あり、支流や運河を経由するとドニエプル川に入り、ウクライナを経て黒海まで繋がる水運の重要河川です。
 市街は、ビジネスビルの立ち並ぶ新市街、ユネスコの世界文化遺産に登録されている旧市街などで構成されています。13世紀頃の建築物が多く残された旧市街は、ダウガヴァ川から引き入れた運河に囲まれた0.5㎢ほどのエリアです。区画整理などはほとんど行われておらず、数世紀前のレイアウトがほぼそのまま残されています。

(図4)十字架の丘 (図4)十字架の丘

(図5)リトアニアとラトビアの国境 (図5)リトアニアとラトビアの国境

(図6)ルンダーレ宮殿 (図6)ルンダーレ宮殿

(図7) (図7)

(図8)リガの町並 (図8)リガの町並

○スウェーデン門(図9)

 かつての城門で唯一残っているのが旧市街の北東にあるスウェーデン門です。名前の由来は、17世紀に門の向かい側にスウェーデン兵が住んでいた事から名づけられたそうです。

○三人兄弟(図10)

 まるで兄弟のように寄り添って建てられた3つの建物です。それぞれ建てられた時代が違うため、外観の装飾や窓の数などに違いが見られます。内部は建築博物館になっており、中世の住宅構造が良く見て取れます。

○リガ大聖堂(図11)

 バルト三国中で最古の歴史を持つと言われるリガ大聖堂は、1211年から500年近くもの期間をかけて増改築がなされて今の姿になったそうです。塔の高さは90mあり、内部には6718本のパイプからなる重厚なパイプオルガンがあります(図12)。
 外には様々なパフォーマーがいる事があり、この日はチェロ奏者がバッハの無伴奏チェロ組曲からシャコンヌ(3拍子の舞曲の一種)を弾いていました(図13)。

(図12)大聖堂のパイプオルガン (図12)大聖堂のパイプオルガン

(図13)シャコンヌはいつ聴いても良い曲です (図13)シャコンヌはいつ聴いても良い曲です

〇ブラックヘッドの会館(図14)

 リガ城の補修工事のため、臨時の大統領官邸として使用されているこの会館は、元々は独身の貿易商人によるギルドハウス(組合)として利用されていました。ドイツ軍の爆撃によって旧来の建屋は破壊されてしまいましたが、1999年に再建され新名所として多くの観光客が訪れています。
 会館の目の前には市庁舎広場があり、中世の頃には条例の布告や市場、魔女の火あぶりなども行われていたそうです。

〇中央市場(図15)

 旧市街の南運河を超えた川沿いにある中央市場は、5つの巨大なドームが立ち並ぶリガの台所とも呼ばれています。その大きさの理由は、かつてドイツのツェペリン型飛行船の格納庫として使われた建材を移築したためです。
 市場には肉、魚、生鮮食品、乳製品店などが所狭しに軒を連ねています。

つづく