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fmいずみラジオ797 3443通信|バルト三国(3)

◆番組情報
fmいずみ797「be a live」にて 毎月第1・3火曜10:20~10:30まで放送中‼

An.:…江澤アナウンサー、Dr.:…三好院長]

fmいずみ ラジオ3443通信 バルト三国(3)目次

196 ザバイカリスクと満洲里

An.:  三好先生、前回は今現在イスラエル大使館から、東北大震災の被災地の為に、ボランティアとして、イスラエル親善大使の方が派遣されて来ていること。
 その方が被災地の物理的な復興に加えて、被災者の心理的な痛手を解消しようとして、震災以来6年間も宮城県で活動しておられること。
 そしてそのイスラエル大使館のご好意は、先の世界大戦の折ナチスに迫害され、避難先を探してさ迷っていたユダヤ人に対して、ですね。
 バルト三国のうちリトアニアに駐在していた日本人外交官・杉原千畝が日本行きのビザを発行して、ユダヤ人たちにナチスから逃れるすべを示した。
 その結果、最終的に逃れたユダヤ人の子孫20万人を中核としてイスラエルの国が建設され、そこに定住することができるようになった。
 その歴史的偉業に感謝する目的で、イスラエルの国家的事業として、実施されていること。
 そんなスゴ~イお話を、聞かせて頂きました。
 江澤は前回のOA後しばらく、感動でこのムネのときめきが、収まりませんでした。
Dr.:  お話の続きとしてそれに関連するお話を、私はいくつか江澤さんのために用意してあるんですけど、ね。
 一見、まるで関係のなさそうな話題も、飛び出しますので……、よぉッく耳を澄ませて聞いていてくださいね(笑)。
An.:  江澤は、全身を耳にして、一言もお話は聞き逃しません!
Dr.:  私が今回、バルト三国へ旅行に出たのは昨年8月のことでした。
An.:  8月とは言っても、北の地方ですから、涼しかったかも。
Dr.:  そしてその翌月の9月には、私は内モンゴルへ調査旅行に行っていました。
An.:  調査旅行?
Dr.:  私たちが中国で、それまでは日本特有と信じられて来たスギ花粉症を発見し、日本固有と誤解されていたスギの木をやはり中国で発見した。そのお話は覚えていますよね?
An.:  もちろんです! 先生(笑)。
 ラジオ3443通信の第15回、6年前の1月11日のOAでした。
Dr.:  スギの木はもともと、約1万年前の氷河期の、日本列島とユーラシア大陸が陸続きだった時期には、凍結した地面の上に大陸から列島まで連続して植生していた。
 ところが氷河期が終わり、地球が温暖化すると。
 江澤さん。日本列島とユーラシア大陸との間には、いったい何ができたんでしたっけ?
An.:  日本海です、先生。
 氷河期には湖に過ぎなかったそれが、氷河が融けて水位が上昇したために、今の日本海が出現したんです!
Dr.:  その結果、日本のスギと中国のスギは、最初からまるで別々に植生していたように、カンちがいされるけれども。
An.:  もともと両国のスギは、連続して生えていたおんなじ性質の木々だったんですよね?
Dr.:  その証拠に、両国のスギのサンプルをDNA分析すると97%、同じ成分であることが判明しました。
An.:  内モンゴルの調査と、その両国のスギのお話との間には、先生、どういう関係があるんでしょうね。
Dr.:  日本列島とユーラシア大陸とが連続していた事実の証拠の1つとして、この日本でマンモスやナウマン象の化石が見つかったことが、挙げられています。
An.:  江澤も、北海道の博物館にはマンモスの化石が展示されているって……聞いたことがあります。
Dr.:  それじゃ、江澤さん。今度は、ユーラシア大陸にマンモスが生存していた証拠を、確認しなくっちゃあ。
An.:  片手落ち、ですよね?  そこで先生たちの研究グループは、大陸側のマンモスの生存の跡を確認するために、内モンゴルまで足を運んだ?
Dr.:  さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。大正解です。
 内モンゴルの、満州里という地域の路上に、マンモスの化石をかたどったコンクリートの巨大な建造物が展示されていました。
An.:  さすがです、先生。
 それで……、杉原千畝の協力で逃れたユダヤ人たちですが。マンモスとどういう関係があったんでしょうか?
Dr.:  マンモスに乗って逃亡した(笑)わけではないんですけれど、ね。
 シベリア鉄道を利用して、ユーラシア大陸東端のウラジオストックまで到着したユダヤ人は、船で日本海を渡り神戸に落ち着きました。
 それに対して、シベリア鉄道沿いに満州に入ったユダヤ人は、ソ連国内の当時はオトポールと呼ばれた駅。今は名前が変わってザバイカリスクという駅なんですね。
 そこで国境を渡り、満州へ逃れるんですけれども。
 江澤さん。満州側の駅の名前を想像することができますか?
 江澤さんの第六感で、どうぞ‼
An.:  今回の先生の話題の中に、出てきた土地のことだと考えるのが自然ですよねぇ?
Dr.:  地図をみましょう、江澤さん。
 世界地図で、旧・満州の、それも今のロシアの、ザバイカリスクに対応しうる都市です。
An.:  せ、先生! これは本当のことでしょうか? 私、自分の目を疑ってしまう……。
Dr.:  そうです、江澤さん。そこにはまさに、満州里市と書いてあります。
 私たちが、マンモスの化石の存在を確認した、満州里市です。
An.:  って言うことは先生。先生は、杉原千畝を偲んでバルト三国を訪問した翌月に、なんとマンモスを確認しに訪問した満州里で、杉原千畝の助けで日本に逃れる途中の、ユダヤ人の足跡に出会うことになった……。
Dr.:  なんだかそのとき私は、頭の中が杉原千畝でいっぱいになってしまったような、そんな錯覚に襲われてしまいました(笑)。
Dr.:  本日もありがとうございました。
マンモスと院長 マンモスと院長