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2021年3月号(No.313)

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はじめに

写真を見て下さい(図1)。

私のすぐ傍に立っている木は、樹齢3300年のヒノキの木です(図2)。

高さが50メートルにも及ぶこの巨木は、チベット自治区の林芝地区に存在しています。

さてスギ花粉症は1963年、齋藤洋三先生が発見した時には日本にしかないと考えられていて、それは日本特産の日本スギが原因の花粉症だからという理由です(図3)。

なお、本書には北海道にもスギは目立たなかったと記載されています。

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対象・方法・結果

しかし、我々は1980年から22年間、日本とチベットを含む中国、ブラジルなど(図4~6)で延べ1万例の被験者にアレルギー学的疫学的調査を施行してきました。

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その結果、実は日本の北海道や中国そしてチベットにも、スギに陽性反応を呈する症例が存在する事を発見しています。

そして、花粉症などのI型アレルギーは抗原抗体反応で、アレルギー反応が

発生する事実は、原因物質となるスギつまり抗原がそこには存在するという真実を確認しています。

 

我々はHD・ダニ・スギに関するスクラッチテストを用いて、北海道白老町、栃木県栗山村、中国の黎里鎮と宜興市、それとチベットのラサ市を調査しましたが、まずスギの存在しない筈の北海道白老町や中国でスギエキスに陽性反応を呈する被験者が存在しました(図7)。

 

そして白老町には、「ごくわずか」(斎藤洋三先生)のみならずスギの人工樹林のあることを確認しました。

もともとスギの存在しないと言われていた北海道でこのようにスギの存在を確認しましたが、それでは中国ではどうでしょうか?

スギが中国にも存在するという具体的な根拠ですが、このスギという植物が地上に出現した200万年前の第三期鮮新世には、氷河期の名残で大陸と日本とは陸続きだったという歴史があります(図8)。

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加えて、マンモスが陸続きに日本へと渡って化石となって発掘されている事実からも、日本と中国の両国にまたがってスギが生えていても不思議ではないと考えられます。

スギの化石の地史的分布(図9)ですが、日本ではスギが第三期鮮新世に出現して現在に至っています。

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これは、当時陸続きだった中国でも、同じ事だと考えることが出来ます。

なお、ヨーロッパにもスギは植生していましたが、氷河期に死滅しています。

そして、両国に存在するスギが本当に同一かどうか、我々はそれぞれのスギのDNA分析を行なっています。

図10右上地図のごとく、分析には中国は天目山という山のスギの針葉を、日本は屋久島のスギの針葉を用いています。

この2ヶ所のスギは、図10右下の地図のようにもともと陸続きに存在しましたので、同種のスギが生えていたと思われます。

また、図10左下には花粉の権威である東邦大の佐橋紀男先生の、天目山の「大樹王」という名のスギの前での写真を示しました。

この天目山のスギのサンプルと、屋久島のスギサンプルとの遺伝子解析を行ったところ、両者の遺伝子同一度は0.97。簡単に言えば97パーセント同じ物だったという事実が判明しました。

この両者は、少なくとも双子ではないが兄弟のスギと形容できるでしょう。

なお、図10右上③の伊豆大島は①②の原生林とは異なり人工樹林なので、スギサンプルのDNAは①②とは異なります。

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考えてみれば当たり前の事で、この当時の人類はアフリカから南アメリカまでを陸伝いに歩いて到達していました(図11)。

その名残りとして、日本では桃太郎のお尻のMongolian Blue(蒙古斑)がありますが、南米ペルーのインディオにも同様にMongolian Brue(蒙古斑)が見られます。

ですから、人類ですら世界を闊歩している歴史の中で、日本と中国に同じスギが植生していても不思議ではないように思われます。

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それでは、標高3,640メートルのチベットですが、ラサ市で実施したスクラッチテストでは、スギに陽性反応を示す被験者が存在しています(図12)。

ですが、写真のようにラサ市の光景を見た限り、スギが生えているようには思えない荒涼とした土地が広がっています。

標高3,640メートルの高地に、スギが存在するのでしょうか?

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そして我々は、チベット・ラサ市の東方400キロにある林芝という地域をたずね、お示ししたような樹齢3300年のヒノキの木の存在を確認しています(図1・2・13)。

樹高50メートル、樹齢3300年です。

またラサ市で我々は、2005年1月1日から12月31日までの1年間、図14の写真と図15にお示しした②のラサ市人民医院の屋上で、毎日、空中飛散花粉の調査を実施しました。

その結果、ラサ市にはごく僅かにスギ・ヒノキ花粉が飛散していた事実が判りました。一体、どこから花粉は飛んで来たのでしょうか?

まさか、400キロ離れた林芝のヒノキ花粉ではあり得ません。そこで、改めて図14を確認しました。

すると、ラサ市内に1カ所だけ①のノルブリンカという場所に緑地が見つかりました(図14・15)。

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ダライ・ラマ(図16)の冬の宮殿はポタラ宮(図17)、そして夏の宮殿がこのノルブリンカ(図18)という場所なのですが、ここにスギ・ヒノキが植生していたことを、我々が実際にこの目で目撃しています(図19・20)。

恐らく、ラサ市の小中学生のスギ花粉陽性反応は、ノルブリンカのスギ・ヒノキによるものだろうと考えられます。

この陽性反応はつまり、ラサ市にスギ・ヒノキが存在するという事実を裏付ける証拠になる訳です。

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このスギ・ヒノキを同じ植物として扱うべきかという疑問ですが、佐橋先生から「スギはヒノキ科のスギ属である」という情報提供(図21)を頂いています。

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図22の分類表でも、スギとヒノキは同じ分類に属することが明記されています。

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先の樹齢3300年のヒノキがあった、ラサ市の東方400キロ、標高4,000メートルの林芝という地域(図13)には、図23のように一面にスギ・ヒノキが植生していることが見て取れます。

ただ、標高4,500メートルを超えると原生林は見られなくなります。

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Ⅲ.まとめ

我々は日本・チベットを含む中国・ブラジルなどで、約1万例の被験者にアレルギー学的疫学調査を施行して来ました。

その結果、スギが日本だけではなくて、中国・チベットにも存在する事を確認しました。

そして、花粉症などのI型アレルギーは抗原抗体反応であり、スクラッチテストに陽性の確認された地域では、原因物質となるスギつまり抗原が存在するという事実を確信しました。

Ⅳ.おまけ

先入観というものは本当に怖いものです。

私は1991年から南京医科大学で客員教授を務め、1999年には新講座国際アレルギーセンターの主任教授に任命されていますが、大学構内にスギの植生が多数見られることに気付いたのは南京での調査でスギ陽性症例を発見した1996年のことでした。1995年に図24の図鑑を発見し、中国にもスギ花粉が飛散している可能性については知識があったのですが。

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ラサ市にも2001年から調査に行っていましたが、我々の宿泊したホテルはホリディ・イン(ラサ飯店)で、実は図18~20のノルブリンカの北隣(図25)だったのです。

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ところがノルブリンカのスギ・ヒノキに気付いたのは2006年の調査時で、それまで我々はノルブリンカの門の前を何十回となく通り過ぎていました。

後から思えば……ですが、スギなど存在するはずもない、との先入観が、目の前のスギ・ヒノキの植生すら見えなくしていたのですネ。

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