3443通信3443 News

2021年4月号(No.314)

書評「花粉症と人類」について

院長 三好 彰

 

はじめに

日本人の国民病として定着しているスギ花粉症。

私はこれまでも、このスギ花粉症にまつわる多くの俗説に対して科学的な根拠に基づく批判を行なってきました。

詳しくは、3443通信2021年4月号に掲載のエッセイ①「本当に“清潔はビョーキ”か?」及び2021年2月号の②「アレルギー性鼻炎と大気汚染」そして2021年3月号の③「チベットにおけるスギ・ヒノキ植生と感作」をご覧下さい。

さて、この度2021年2月に出版された小塩海平氏(東京農業大学 教授)の著書「花粉症と人類」(図1)につきまして、いくつか気になる記載がありましたので、疑問点を以下に記します。

図01

スギ花粉症は日本だけ?

まず、P.137の5行目(図2)に書かれている「スギ花粉症第一発見者の斎藤洋三は、『文藝春秋』1986年6月号に『スギ花粉症は日本人の証明』という短い文章を寄せている。世界広しといえども、スギ花粉を発症することができたのは唯一日本人だけだというのである。」というお話は、すでに否定されています。

スギが地表に出現したのは、いまから200万年前の第三期鮮新世の時代でした(図3)。

氷河期には日本と中国は陸続きとなっており、そこにスギが連続して植生していたと考えられています。それは、私の上記③「チベットにおけるスギ・ヒノキ植生と感作」にもあるように、日中それぞれのスギのDNA検査を行なったところ、両国のスギの遺伝子同一度は0.97、つまり97%は同じであると科学的に証明されたことからも判ります(図4)。

そして、それぞれのスギは日本人だけでなく日中両国の被験者に対してアレルギー性鼻炎の症状を引き起こすことをも、日中各地で実施してきたアレルギー疫学的調査で証明しています。

図02図03図04

スギ花粉症の流行はいつ?

次に、P.132の7行目(図5)には「花粉症の存在が世間に広く知られるようになったのは、管見の限り、プロ野球の田淵幸一選手が花粉症のために引退を表明されてからである。『週刊文春』の1984年4月12月号には……」とあります。

これに関しては、宮城県耳鼻会報82号に掲載された上記②「アレルギー性鼻炎と大気汚染」の図9に書いてあるように、戦後植樹されたスギが成長して花粉を大量に飛ばすようになったのは、1950年から30年が経過した1979年のことです。私の記憶では、その春にスギ花粉症は日本人の国民病と称されるようになりました(図6)。

図05図06

ところで「花粉症と人類」の著者である小塩氏は、1966年生まれと奥付に書かれていました。

スギ花粉が大量飛散した1979年、小塩氏はいまだ13歳であることから考えましても、日本の戦後の状況について、特にスギ花粉症の経緯については十分な議論をすることができるのか、少なくとも私自身は13歳の時には花粉症のことは何にも知りませんでしたし、些か疑問に思ってしまいます。

そもそも、日本でスギの植樹が始まったのが、図7のような“キャサリン台風”(英名:Kathleen(カスリーン))が大被害をもたらしたためにスギの木が植えられたのが原因であって、その歴史的な経緯を考える必要はないのでしょうか?

図07

花粉症は富裕層特有?

さて、P.100(図8)に「アメリカの花粉症は、イギリスの『貴族病』と同様、有閑階級の誇り」と書かれています。これは戦後日本でもそうだったように、栄養状況の改善による免疫能力の向上があるのだろうと考えています。図9にあるように、日本と中国とチベットで花粉やダニなどのアレルギーの陽性反応に大変な差があることをみても、容易に類推できることと思います。

図08図09

寄生虫と花粉症の関係

また、P.78の14行目(図10)に「ヴィクトリア朝後期は(中略)衛生環境が向上して感染症や寄生虫が減ったこと」とありますが、寄生虫の減少はスギ花粉の増加とは全く何も関係がありません。これは3443通信2021年4月号掲載のエッセイ①「本当に“清潔はビョーキ”か?」における、私と井上栄氏との論争で明らかになっています。

図10

スギ花粉症増加は戦後復興の副産物

最後にあとがきに対してですが、小塩氏は個人的な感懐としながらも「スギ花粉症は、日本という国が、私たち庶民やその周囲の環境を置き去りにして経済成長を追い求めたことに対する警告であると思われて仕方がない。」とあります(図11)。

この点は、前述したようにスギが植えられたのはキャサリン台風の後、図7のような水害を引き起こした山々の治水能力を改善しようと講じた策なのです。むしろ戦後復興のために日本中の山々の木々を、ほとんど切り倒してしまったことがスギの大量植樹へと繋がり、スギ花粉症発生の原因となったのです。

図11

おわりに

総じて、本書はスギ花粉症の歴史的な変遷と疾患の本質を十分には網羅し得ていない内容であると断言せざるを得ません。

小塩氏には果たして、スギ花粉症について論じる資格が有るのでしょうか?

なお、この内容は著者である小塩氏ご本人に郵送しましたが、一切返答はありません。

[前のページに戻る]