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2022年1月(No.323)

 

”希望の息吹”
社会福祉法人「ありのまま舎」

秘書課 菅野 瞳

 

I.筋ジストロフィーとは

筋ジストロフィーという疾患があります。生まれた時から、その定めを背負った人々に生ずる病気で、多くは10歳頃に全身の筋肉の力が衰え始めます。そして様々の努力にも関わらず、やがて寝たきりとなり、ついには呼吸する筋力まで侵されて、意識ははっきりしたまま呼吸の止まってしまう、そういう経過を辿ります。

筋ジスではありませんが、私たちの耳鼻科領域では、生まれつき耳の遠い子どもたちが、何の助けもないまま放置されて一生を無駄にした遠い昔の歴史がありました。もちろん現在では、様々の医学・医療の助けは存在するのですが、耳の不自由を携えて生きて行くそのあり様に、正面から目の向けられることは稀です。

筋ジスの場合もそれと似た部分があって、一旦発症したら外の世界とは遮られ、車イスでの生涯を強いられます。
 過去にはこの難病に心まで病み、残りの一生を籠ったままで過ごす人だって、ありました。少なくとも山田三兄弟の活躍するまでは。
 山田三兄弟は今では会うことのできない人となりました。しかしその遺志を引き継いで、難病や心のままにならない体を携えて、共に悩んでくれる仲間たちと貴重な時を生きる。「ありのまま舎」とは、そういう三兄弟の志の活きる自立ホームなのです。

II.自立ホーム

何を行なうにしても全てが可能な、神のような人はいません。
 人間は誰しもどこか欠けた部分があって、それでも家庭や社会の中で、だれかにそれを補ってもらって生きています。
 つまり人間は何かを補ってもらって、やっと一人前になっているのです。

その事実を考えると「障害者の自立(自律)」というテーマは、欠けた部分だらけの自分達、つまりホームの外で生活している私たちにとって、他人事ではありません。
 人間は必ず欠けた部分を持っており、それが「障害」と呼ばれるかどうかの違いだけ、なのですから。

ところで障害と病気とは異なります。山田三兄弟は病人として滞在した西多賀療養所を出て、自立した障害者として、ありのままに生きる道を選びます。
 そんな中出会いのあった三笠宮寛仁親王のお力添えもあって、現在の地を手始めに自立ホームの建設に至ります。
 ホームの名前は「ありのまま舎」。欠けた部分を恥じることなく、お互いに欠けた部分を補い合う仲間たちと、生き切るまでの時間を過ごす家です(図1・1989年秋・私と娘そして家内と共にホームを訪れた時の写真)。

図01 図1

 

希望の息吹「ポコポコ」

当院の壁には一枚の絵が飾られています。その絵とは……筋ジストロフィーによる障害のため、絵に必要な線が引けず、点描画で描かれている「ポコポコ」という絵です(図2)。筋ジストロフィーを患うその姿からは想像も出来ない、自由な情熱を溢れさせたホーム在住の芸術家・木村健さんの絵です。

図02 ポコポコ 図2

 

この絵に描かれているのは、青空へ向かって伸びようとする希望をいつも忘れない、そんな萌え出る希望たちです。この絵を眺めていると、ポコポコと湧き出る希望の息吹をひしひしと感じます。
 ところで毎月、ありのまま舎からは、行事予定や活動報告などを記載した広報誌「自立」と共に、寄付金お礼の手紙が届いてきます(図3)。

図03 図3

 

先日は、福祉車両の購入基金が目標額を達成し、車両購入に漕ぎ着けましたという、心温まるニュースが一面にありました(図4)。
 欠けたところもある一人の力というのは微力かもしれませんが、同じ目的を持って力を補い合えば、それはいずれ一つの形になります。希望の息吹を人一倍持つありのまま舎の方々は、皆で協力し合える更なる目標を掲げ、既に芽吹いていることでしょう。

図04 図4

 

未だ先が見えないコロナ禍中で、スタッフの方々の気苦労は計り知れませんが、当舎の活動を心から尊び、一翼を担うべく、舎の後援会理事として支援を続ける医師がいます。その医師とは……当院の院長です。
 命の灯が尽きるその時まで、貴舎の総裁として先頭に立ち指導にあたった皇族—―ヒゲの殿下こと寛仁親王殿下を、全国難聴者研究大会にお招きするなど福祉活動を行なってきました(図5、6)。

図05 図5

 

寛仁秦王殿下は、ありのまま舎と共に活動してくれる仲間を増やすことに奔走され「立っている者は皇族でも使え」と仰っていたそうです。泉中央の青空の下……「立っている者は医師でも使え」でしょうか(笑)。
 ポコポコと湧き出るありのまま舎の希望の息吹、それが形になった舎の活動報告を楽しみに、益々の躍進を応援し続けたいと思います。

図06 図6

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