3443通信3443 News

2022年3月(No.325)

映画「赤い闇」鑑賞レポート

秘書課 菅野 瞳

図01

はじめに

当院の院長がお勧めする映画を鑑賞し、私の独断と偏見で感想を書いているこのシリーズも、気付けば早5回目になりました。
 今回鑑賞した映画は、昨今世界情勢ニュースで毎日のように取り上げられている、ロシアとウクライナに焦点を当てた映画「赤い闇」です。

映画の予告集を見てみると、スターリン政権下のソビエト連邦で起こった衝撃の実話。若き英国人記者が、命懸けで告発しようとした、“大国の繁栄”の驚くべき真実とは? とあります。
 この予告を目にし、ムズムズが止まらないのは私だけではないでしょう。早速私の上司から一言……菅野さん、好きなジャンルですねぇ~と(笑)。流石、分かってらっしゃいます。この映画を私にお勧めされた院長も、はい、分かってらっしゃいます。逸る気持ちを抑え、早速鑑賞です。

あらすじ

この映画の主人公は、元英国首相ロイド・ジョージの外交顧問で、独裁者の典型とされるドイツ労働者党(ナチス)の党首アドルフ・ヒトラーに取材をした経験を持つ、若き英国人記者です。

第二次世界大戦より少し前の1933年がこの映画の舞台になっており、この頃は世界恐慌の嵐が吹き荒れていました。にもかかわらず、なぜかスターリンが統治するソビエト連邦だけが繁栄をしている。この反比例が生じている様に疑念を抱き、命懸けで解明して告発したのが、この映画の主人公ガレス・ジョーンズです。
 彼は思いつく限りの手を尽くし、その謎の答えが、ウクライナにあることを突き止めます。ソ連当局の厳しい制限や監視をなんとかすり抜け、その地に降り立ちます。そこでジョーンズは、自分の想像を絶する、これ以上はないだろう極度の飢えに苦しむ民衆の姿を目の当たりにします。

皆さんは、1932~33年にウクライナで起きた大飢饉をご存知でしょうか? 恥ずかしながら私は、この映画を鑑賞するまで知り得ませんでした。スターリン体制下で実行された、ウクライナ人へのジェノサイド(集団殺戮)……この大飢饉を「ホロドモール」と言います。ナチス政権が行ったユダヤ人の大量殺人を「ホロコースト」と言いますが、この2つは20世紀最大の悲劇と言われているのだそうです。

「一人の人間の死は悲劇だが、数百万の人間の死は統計上の数字でしかない」

人間の死に対し無感覚になったからこそ発せられた言葉なのでしょう。

「愛とか友情などというものはすぐに壊れるが、恐怖は長続きする」

これは共に、ホロドモールを指揮したスターリンの格言です。スターリンにとって、愛や友情というものは、形も変化しやすく不安定なもので、ぬるいだけの感情にすぎなかったのだろうと想像出来ました。

それに対し恐怖という感情は、時には厄介にもトラウマとなって人々の心に棲みつきます。彼が遺した格言の真意を少しでも理解すれば、ホロドモールを行うに至った経緯を共有することが出来るかもしれないと思いましたが、ひとつの民族を虐殺してまで、自国の体裁を保とうとしたスターリンの行為は、やはり私には微塵も理解出来ませんでした。
 ジョーンズが取材の為に豊かな農作物のとれるウクライナに潜入し、そこで見た飢餓地獄……ウクライナの農作物は全てソ連中央に差しだねばならなかったのです。ソ連は自国が誇った豊かさがウクライナの収奪に裏付けされている真実をひた隠しにしていました。
 ジョーンズがこの実情を告発しようとした矢先、公表するならば、スパイ容疑で収容されている英国人6名を処刑すると圧をかけられます。

この真相をジョーンズよりも先に掴み、ウクライナの実態を知っていた記者がいました。

しかしながらその記者は、告発するどころか、スターリンの政策を讃える記事を執筆して表彰までされており、何不自由ない生活を送っていました。時には長い物に巻かれることも、賢い選択だと諭されたジョーンズの心境はいかばかりだったでしょう。

ウクライナの実情を公表すれば、自国民6名の命が危険にさらされる。

逆に、このまま告発を諦めて口を閉ざせば、ウクライナの実情は変わらない。

無力な一個人でありながらも命の危険も顧みず、眩しいほどまっすぐに真実を追い求めたジョーンズにのしかかった重圧と葛藤は、計り知れなかったと思います。
 この真実を包み隠さず語ることに、どれだけの勇気が必要だったことか……是非この映画を一人でも多くの方に観て頂き、大国にたった一人で立ち向かい、ソ連の“偽りの繁栄”を暴いたジョーンズに、敬意を表して頂きたいなと思いました。

鑑賞を終えて

この映画を通して「真実とは」を深く考えさせられました。世に出回っていること全てが間違っているとは言いませんが、故意に歪められた真実は恐らくたくさんあるのだろうなと思います。既存の真実がそこに存在しても、それが政治的に不利になるのであれば、世に晒されることなく塗り替えられてしまう。
 真実とは、都合のいい事実ではなく、嘘偽りのない本当のことです。真実は、どんな時にでも一つでなくてはならないと、切に思いました。

補足

このレポートを書き終えた直後、驚きのニュースが飛び込んできました。ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始したのです。

ウクライナは、旧ソ連やロシアにとって黒海から地中海方面へと抜ける海路の玄関口として、地政学的に非常に重要な位置を占めていました。
 ロシア側からすれば、ウクライナは西側諸国(NATO)との間に存在する緩衝材の役目を担っていました。ですが1991年にソ連が崩壊して後、ソ連の衛星国だった東欧各国が次々と西側へ恭順していきました。
 ロシアをお城に例えるならば、東欧の国々はその巨大な城を護る城壁とも言えます。

本号の表紙特集でもご紹介したバルト三国も、そうした衛星国の一部でしたが、現在ではEU加盟国としてロシアと国境を接する“勢力の国境地帯”となっています(図1)。

図02
図1

 

ウクライナは、バルト三国を合わせてもなお大きい領土を持つ東欧の一大国家です。
 もしそこが西側諸国(NATO)の勢力圏になってしまえば……。ロシアの首都モスクワはNATO側の軍事力の脅威に晒されてしまう。そんな思いがロシア側にはあるのかも知れません。

また、ウクライナは旧ソ連時代には地球上で第3位の核保有国でもありました。
 ですが、旧ソ連崩壊の混乱をきっかけとしてウクライナが保有する約5000発とも言われた核兵器が拡散する恐れがありました。
 そうした事態を防ぐために西側諸国とロシアは、ウクライナの安全を保障する代わりに核兵器をロシアに引き渡すよう交渉し、ブダペスト覚書と呼ばれる協定を結びました。

そしてウクライナは、国内にある戦略核弾頭、ミサイルサイロ、爆撃機などの兵器を解体。2012年には核兵器に転用可能な高濃縮ウランの全てをロシアに移送したことで、ウクライナの核戦力は消滅しました。
 ですが2年後の2014年。ロシアはウクライナのクリミア半島へ軍事侵攻を行ないました。また、この記事を書いている2022年2月下旬には、ロシア軍はウクライナ全土に対する軍事侵攻を行ないました。

もし、ウクライナに核戦力が残っていたら……?

今回のロシアによるウクライナ侵攻は、結果としてウクライナの核反撃能力が失われた後に起きた出来事です。
 この歴史上に行なわれたいくつかの事実は、無視できないほどの重要な意味を持っているのではないでしょうか。
 私たちは、まるで巨大な生物のように蠢く世界情勢の中にあって、どのように考え、次代に引き継いでいかなければいけないのか、真剣に考えなければならない。そんな気がしてなりません。

関連リンク
映画『赤い闇』はぜひたくさんの人にみてもらいたい(阿比留瑠比@@YzypC4F02Tq5lo0|ツイッター)
 URL:https://twitter.com/YzypC4F02Tq5lo0/status/1497876987808862208

[目次に戻る]