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2022年8月(No.330)

 

映画「ムヒカ」鑑賞レポ
~世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ~

秘書課 菅野 瞳

図01
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はじめに
「世界でいちばん貧しい大統領」の異名を取る、第40代ウルグアイ東方共和国大統領ホセ・ムヒカ。彼が一躍時の人となったのは、2012年6月にブラジル・リオデジャネイロで開催された国連の“持続可能な開発会議”でのスピーチです。

 この会議には、世界188カ国の首脳や閣僚が参加し、自然と調和した人間社会の発展や貧困問題が話し合われました。その中で、南米にある小国ウルグアイの大統領が演壇に立ち述べたスピーチが、世界中の人々の感動を呼びました。
 彼の8分間の熱弁が終わると、静まり返っていた会場の空気が一転し、大きな拍手に包まれたのだそうです。

 私がこのニュースを耳にしたのは、恥ずかしながらとても最近のことです。何故ならば、日本ではこのスピーチに対する報道が一切なされなかったからです。ムヒカ元大統領が行ったスピーチは、いったいどんなものなのだろう? そんな興味が沸き、彼のドキュメンタリー映画を鑑賞することにしました。

「——イメージ違う!!」

 南米にはまだ渡航経験のない私が抱いた、ムヒカ元大統領の第一印象。眼鏡をはずしたカーネルサンダース? 小柄な好々爺の方? そんな印象でした。
 ところがどっこい! このムヒカ元大統領は独裁政権下でゲリラ活動に従事し、活動中には6発の銃弾を受けたこともあり、また4度の逮捕を経験。最後の逮捕時には、13年間もの過酷な獄中生活を送っており、換気口もトイレもない独房で監禁をされたこともあったのだそうです。この時点で少々、自分が抱いたムヒカ元大統領のイメージが音を立てて崩れていくのを感じ、若干の眩暈をおぼえました。

 そうなると当院院長の受診が必要になりますね(笑)。

 ウルグアイの民主化に伴い、恩赦で釈放されたのも束の間。ゲリラ組織に加入して誘拐や襲撃などを繰り返し、武力で政権を倒すことも辞さないと考えていた活動家が、大統領就任までの階段を駆け上がります。

 元ゲリラが一国の大統領??

 私のキャパシティはこれを受け入れるのに限界を突破したことは言うまでもありません。
 13年間もの獄中生活で、自分と向き合い対話したことが、今の自分の礎になっていると語るムヒカ……。大統領在任時の数々のエピソードを紹介しながら、彼が発した日本へのメッセージの意味を考えていこうと思います。

世界でいちばん貧しい大統領?
 ムヒカ元大統領が在任時に行った政策の中で、最も讃えられること。それは、貧困率を劇的に下げたことに他なりません。ウルグアイ経済は7%ずつ成長し、国民1人あたりのGDP(国内総生産)が南米最高を記録しました。

 ムヒカ元大統領は、自身への報酬の9割を注ぎ込んで、貧困層のために住宅を建設しました。また、その住宅建設に携わった者にも同様に住宅を提供し、当人は大統領公邸に住まわれることはなく、郊外の農園にある一軒家で清貧に甘んじた生活を送っています。
 一国の首領(ドン)がトラクターを自ら操縦し、毎月100USドルで自給自足の生活(図2、3)。そんな大統領が他にいるでしょうか?

図02
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図03
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“世界でいちばん貧しい大統領”(図4)
 この異名は、彼にとってはいたって普通の何気ない日常生活に、敬意を込めてつけられたものなのです。

図04
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「大統領は多数派に選ばれたのだから、その多数の人と同じ暮らしをしなければならないんだよ。大統領である私が、一握りの金持ちと同じ水準の生活をしていたら、国で何が起こっているか分からなくなる。国民の生活レベルが上がれば、私の生活基準も上がるんだよ。」

 これは彼がインタビューで語った一説です。

 実現に向け有言実行するわけでもない思想や理念だけを並べ、自分たちの私利私欲にしか興味がない自国の政治家の方々は、ムヒカのこの言葉をどのように受け止めるのでしょうか? 日本のどの政治家を思い浮かべても、ムヒカ元大統領の姿に重ねられる方が一人たりともいない現実が、とても残念に思えました。

貧しさとは
 さて皆さんは、自身が貧しいなどと揶揄された時、怒りの感情が沸きませんか? 私が貧乏人? それが世界に向けて発信されるだなんて、プライドがズタズタ……考えるだけでも末恐ろしいことです。
 しかしながら“世界一貧しい”と言われたムヒカ元大統領は、貧しいの定義を覆します。

 彼の想う本当の貧しさとは、

「貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、無限に多くを必要とし、もっともっとと欲しがること。そして幾らあっても満足しないこと」だと。

 これ、はい、私です(泣)。思わずそう叫び泣きたくなりました。
 上を見たらキリがないとはよく言ったものですが、ムヒカのこの言葉は、これでもかという程にグサグサと私の胸に刺さりました。
 ムヒカと自分とを比べるというのも、大変おこがましい話なのですが、恐らく彼の価値基準は、私以下一般の方々とは大きな相違があるのだと思います。

 現代社会に生きる多くの人たちは、お金が多ければ多いほど勝ち組とされ、逆に少なければ少ないほど惨めで貧しい負け組だという、狭い考えに陥りがちです。
 ムヒカは、お金を多く持たないことを良しとしているのではありません。お金を持っているお金持ちにもなれるし、お金を持っている貧乏にもなれるのだから、冷静になって足るを知るべきなのだと説いているのです。

 ムヒカの発したこの言葉を聞き、私はある諺を思い浮かべました。

「足るを知る者は富む」

 満足することを知っている者は、たとえ貧しくとも精神的には豊かで、幸福であるという意味を持ちます。
 彼の価値基準は、間違いなく「幸福」にあるのです。

国連演説でスピーチ
 ムヒカは国連会議でのスピーチで、

「私たちは発展するために生まれてきたのではなく、幸せになるために生まれてきたのだ」と言っています(図5)。

図05
 図5


 自分が幸せでないのは、国やまわりのせいだといっても、それを変えるのは容易い事ではありません。ですが、世界を変えることは出来なくとも、自分の考えを変えることは出来る。ならばまずは、自分の考え方を変えて幸せを感じることから始めてみよう! 幸せを感じることが出来る人々が増えれば、きっと世界は変わる。これが、ムヒカ元大統領のスピーチに込められた副音声です。

 既に80歳を優に超えるおじいさんであるムヒカ元大統領……ムヒカが語る言葉、醸し出す表情、歩み、その全てが温かくて力強くて、嘘偽りのない情熱に溢れ、感銘を受けました。
 私がもっともっと若い時に彼の言葉に出合えていたのなら、もっともっと些細なことにも幸せを感じることが出来る人間になれていたのかもしれません。

 ただムヒカが、全世界の人々に向け撒いた種は、確実に人々の心に植えられたと、私は思います。

「その芽が成長し発芽を迎える頃には、既に私はこの世にいない」と、ムヒカは言いますが、その命ある限り、温かい眼差しを向け続けて頂きたいと思いました。
 ホセ・ムヒカ元ウルグアイ東方共和国大統領……世界でいちばん貧しい大統領は、世界でいちばんと言って良い程壮絶な人生を送った、世界でいちばん心の優しい、幸福に満ち溢れた大統領です。

 ムヒカへの愛情を、余すことなく形にしフィルムに収めた監督と、世界の人々に幸せの種を撒いたムヒカに……Grasias(グラシアス)!


 ちなみにウルグアイは日本の反対側にあります。
 住民はみんな逆立ちをして歩いて……いません(笑)

地球の真裏―日本の位置― 001

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