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2023年2月 No.336

 

ぶらり会津旅! JR只見線 体験乗車レポ
秘書課 菅野 瞳


 2022年も残り僅かとなった11月下旬、院長から「行ってみるかい? 年内最大の取材かな?」と、私に取材の命が下りました。
 まさかではありますが、先月書き上げた河井継之助に会いに行って来なさい! という難題ではないですよね……?(汗)
 ふとそう感じ「河井継之助の故郷に出向かずとも、武士の心得はしっかり私の中に息づいています……」と、お答えしようと思っていました(笑)。

 私の先走りはさておき、続けて院長より「こんなツアーがあるようだよ」とのお言葉。

 ……はて? 当たらずと雖も遠からずとは言ったもので、院長が仰るツアーというのが、題して「会津ぶらり旅絶景秘境! 只見線体験乗車と柳津名物ソースかつ丼の昼食とあわ饅頭作り体験」の旅です。
 急に言われても1回では覚えられない、なんだかとても盛沢山の日帰りツアーです。12月初旬施行の日帰りツアーなので残念ながら紅葉は拝むことは出来ませんが、飛び回ることが大好きな私にはもってこいなのかもしれません。
 早速申し込みをし、施行会社からの連絡を待ちます。

 ……ですが生憎のキャンセル待ちと旅行会社からのお返事。

 今年の10月に、ようやっと全線が開通して一大ニュースになっていた只見線の人気の程が分かります。
 なかなか空席確保のご連絡は頂けず、諦めていた矢先……流石に強運(凶運?)の私です。お席が確保できましたとのご連絡を頂き、本年度最大の取材が決行とあいなりました。

トラブルからのスタート!
 会津ぶらり旅当日……クリニックへの出勤よりもはるかに早い時間に仙台駅へ集合。子供の頃からイベントごとが大好きな私は、時間の余裕があり過ぎる目覚めの朝となりました。この方たちも同じツアーの方かしら? という面々が徐々に集まり、ガイドさんによる出席確認が行われました。
 本日のツアーは、総勢34名とのこと。
 ガイドさんによる点呼が終わり、次いでバスの座席確認が行われ、いよいよ乗車です。どんどんバスターミナルに路線バスが進入してくる中、私たち一行が乗車予定のバスは影も形もありません。
 目の前を通過するバスを何台見送ったことか……ツアー参加権を獲得した強運は、凶運の間違いだったのか、とそんな考えも脳裏をよぎりました。

 約1時間の遅延となったもののお迎えのバスは無事に到着し、なんとかツアー催行です。
 前日とは打って変わり、最高気温が5℃を切る寒空の中、バスは福島県会津地方へ向け出発です。朝一番から強運? 凶運? が故のアクシデントに見舞われましたが、この災難にめげることなく、大粒の涙を流しながらも軽快な会津弁で場を和ませていたガイドさんのお陰で、ツアー参加者の顔には笑顔が戻りました。

 1時間遅れで出発をしたバスは、まず第1ポイントの“あわ饅頭作り体験”場に到着です(図1~3)。
 柳津名物のアワ饅頭……私は見聞きしたことがありませんでしたが、見れば満月のように鮮黄色に輝く、一口サイズの上品なお饅頭です。それを自ら作って食す……え、自分で作ってですと? その事実に若干の試練を感じますが、職人さんの教え通りになんとか作り終え、お土産にと頂いたあわ饅頭で、一服タイムです。

 生まれて初めて食べる名物のあわ饅頭、お味は……うん、美味い!! あまり甘い物を食さない私ですが、餡の甘さがとても優しく、そして皮の部分はもちもち、いえ、もっちもち(笑)。あわ故に、慌ただしくバクバクと食べてしまいそうなお饅頭でした。

図01
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図02
 図2

図03
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会津名物ソースカツどん!
 あわ饅頭体験場を後にし、次はいよいよ昼食タイムです。食べてばかりでないの? とツッコミが入りそうですが、これぞまさしく“食して学ぶ取材”なのです(汗)。昼食はこちらも柳津名物“ソースかつ丼”を食しに、人気の食堂「つきみが丘町民センター」へ向かいます。
 先程のあわ饅頭を飲み込んだ私の胃袋は、益々好調エンジン全開です。入室するや否や、既に着丼されたソースかつ丼が目に入りました(図4)。

 いざどんぶりの蓋を開けてみると、あら? そこにはまたも満月? どこかで見たような……。こちらのソースかつ丼は写真にもあるように、ご飯の上に千切りキャベツ、そして薄い卵焼きが敷いてあり、その上に分厚い豚かつが鎮座しています。こちらも人生初実食……まずはソースが染みた豚かつを一口。アバウトではありますが、豚かつの厚みは2㎝程でしょうか。これ、一人で食べきれるかしら? と、ほんの一瞬思いましたが、そんな心配が無用なのは言うまでもなく、皆さんがどんぶり半分程度の食事で蓋を閉める中、私は脇目も振らず完食です。柳津名物のソースかつ丼は、味の濃いソースにひたった豚かつを、卵焼きが優しく包み、味をマイルドにしてくれるのが特徴なのだそうです。
 初めて食す柳津のソースかつ丼。やはり食べ慣れていない私には、豚かつと卵が目に入ってくると、かつ丼の甘じょっぱい味を自然に連想してしまい、ソース味のかつ丼には、最後まで拭いきれない違和感が残りました。

図04
 図4


三大虚空藏菩薩を参る!
 さて、柳津名物をたんまり食した後は、日本三大虚空藏菩薩の1つに数えられる、福満虚空藏菩薩圓藏寺の見学です(図5)。
 漢詩を読んでいるかのような名前のお寺ですが、虚空藏菩薩とは? 虚空藏とは宇宙のような無限の智慧と慈悲の心が収まっている蔵(貯蔵庫)のことで、それを引っ張りだし、人々の願いを叶える菩薩様のことなのだそうです。

図05
 図5


 この圓藏寺には逸話があります。1818年に、圓藏寺は大火事に見舞われました。その際当時の喝巌和尚が、二度と災難に「アワ」ないようにと、御護符として配ったもので、それが柳津の名物“あわ饅頭”の発祥とされているのだそうです。そして逸話はこれだけではありません。私が柳津町に足を踏み入れてからというもの、度々視線を向けてくる可愛らしいモノがいます。

 その正体は……“赤べこ”さんです。

 約400年前に会津地方を襲った大地震により、圓藏寺は本堂を再建せざるをえなくなりました。この本堂再建時に、どこからともなく現れ、大きな木材を運ぶのを手伝ってくれた、力強そうな赤毛の牛(べこ)の群れ。この頼もしい赤毛の牛たちを、感謝を込めて“赤べこ”と呼び、忍耐と力強さの象徴、更には福を呼んでくれる“赤べこ”として町民に親しまれているのだそうです。柳津の名物を、2つも発祥した圓藏寺……流石に虚空藏菩薩様々々です。

 いざ圧巻の圓藏寺に足を踏み入れると、境内の諸所には赤べこ像が鎮座しており(図6)、どこにいても赤べこに見守られている気分になります。残念ながら本堂内は写真撮影が不可でしたが、只見川を眼下に望む圓藏寺は、水墨画の世界に入り込んでしまったかと錯覚するような風光明媚な場所に建つ古刹でした。

図06
 図6


復活した只見線に乗車!
 さてお次は、今回の取材の大目玉となる、今話題の只見線の体験乗車です。
 只見線がニュースに取り上げられたことは知っていましたが、只見線とはどこを走るものなのか、どういった理由で話題になったのかを一切知らない私は、取材班長として勉強をしないわけにはいきません。

 只見線とは、福島県会津若松駅と新潟県魚沼市の小出駅とを結ぶ、全長約135㎞・36駅の路線です(図7)。
 1973年(昭和48年)に、只見線と並行する国道252号線が開通しましたが、只見線の沿線周辺は国内有数の豪雪地帯であり冬期間は通行止めとなるため、只見線は地域にとって大切な交通機関として重要な役割を担ってきました。

図07 【福島県】 只見線
 図7


 またこの只見線は、絶景を走るローカル線として名高く、見る人の心をわし掴みにする程の圧倒的な風景を見せてくれます。特に紅葉の季節になると、この絶景を撮影しようと、国内外から沢山のカメラマンが訪れ、紅葉の美しい鉄道路線No.1に輝いたこともあるのだそうです。

 そんな只見線ですが、2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う原発事故、その4か月後には追い打ちをかけるかのように新潟・福島大豪雨が発生し、只見線は鉄橋の流出や土砂崩れによる線路崩壊などの甚大な被害を受けました。災害後は、JR東日本の懸命な復旧作業により、只見線の大部分は修復し運行再開を果たしましたが、全線開通までの道のりは遠く、被災から11年2か月を経て、2022年10月1日、ようやっと全線で運転が再開となりました。
 隣県である福島県を走る只見線ですが、只見町のお隣は美味しいお米全国No.1の呼び声が高い、新潟県南魚沼郡になるため、こちら仙台市からはゆうに3時間半ものドライブが必要になります。

 只見線のいろはを学び、乗車準備万端。只見線の始発駅から終着駅まで、しっかりと全区間を乗車したいところではありますが、このツアーでの体験乗車区間は<会津柳津駅>から<早戸駅>までの30分の乗車になります。
 ガイドさんからは、全線開通前の只見線は、乗車人数が1日を通して5名程度のため、1両だけで走ることが常だったと説明がありました。ここ近日は、10年以上ぶりの全線開通が功を奏して2両編成での運行となっており、乗車率がうなぎ上りなのだとか。さて、本日の乗車率はいかほどでしょうか。

 私たち一行のバスが体験乗車始点となる会津柳津駅(図8)に到着し、ホームを見渡すと……人、人、人、そしてやっぱり何処を見ても人です(図9)。

図08
 図8

図09
 図9


 2両編成になっているとはいえ、ここにいる全員が乗車出来るのかしら? と心配になってしまうほどの人だかりが出来ています。
 この会津柳津駅は、東北の駅百選の1つに選ばれている木造平屋建ての駅で、駅前には1943年(昭和18年)製造のSL(蒸気機関車)が保存されています(図10)。駅舎内には、只見線の全線開通を喜ぶ「おかえり」の文字が数多く見受けられました。

図10
 図10


 地元民に愛され続ける只見線にいよいよ乗車です。数10メートル先に車体が姿を現した途端、ホームでその時を待ち構える面々は、一堂に撮り鉄(カメラ小僧)へと変貌します。無論私もその一人です。
 我先にと只見線ファンが続々と乗車し、2両編成の電車は瞬く間に満員です。私たちの体験乗車区間は只見線屈指の橋梁ポイントがある区間なので、是非その景観をカメラに収めたかったのですが、満員電車内と外気の温度差で窓は何度拭っても曇りが取れず、車内からの橋梁ポイント撮影は果たすことが出来ませんでした(図11~13)。
 長いような短いような……の30分が経過し、終着地の早戸駅に到着です(図14、15)。

図11
 図11

図12
 図12

図13
 図13

図14
 図14

図15
 図15


 車内からの撮影は叶わなかったものの、早戸駅では幻想的な風景が私たちを出迎えてくれました。川霧に包まれた渓谷は、まるで時間が止まっていると錯覚してしまうほど静かで、音を立てれば壊れてしまいそうなほどに繊細な空間でした。
 私が訪れたこの時期には今季の乗船体験は終了していましたが、早戸駅から徒歩3分の場所には乗船場があり、霧幻峡の渡しという手漕ぎボート乗船体験が出来るそうです。

幻想的な景色がひろがる霧幻峡
 この霧幻峡は、1964年(昭和39年)に裏山の土砂崩壊で廃村してしまいましたが、今もなお神社や子安観音・硫黄鉱山などの産業遺跡がそのまま残されています。

 URL:https://www.tif.ne.jp/jp/spot.html?spot=6737(霧幻峡の渡し)

 度重なる厄災から逃れた地蔵や神社は守り本尊として、またそこに宿る霊力が訪問者の運気を上げて願いを叶えるパワースポットとして注目されています。終着地点で思いがけないプレゼントを頂き、大大大満喫で帰路に就きました。
 只見線の体験乗車が決まってからというもの、私は只見線に失礼のないよう、全線開通までの道のりを把握するため、只見線について探求しました。
 全線開通には多額の公的資金が投入されており、維持管理費も地方自治体の負担となるため、復旧には反対の声も多数上がっていたようです。そのような状況下で、地元民の只見線への並みならぬ想いが、JRという大きな組織を動かし、全線開通に繋がっています。

 只見線を愛する地元の方の一途な想いと、劣勢でも諦めない強い心に感銘を受けました。只見線を愛する方の熱い想いと希望を乗せ、永遠に走り続けて欲しいなと思います。只見線の10年越しの全線開通から、只見町で命の灯を消した河井継之助まで、こんなにも人を惹き付ける町は、そう多くはないと思います。院長が仰った通り、年内最大の思い出に残る取材となりました。

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