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2024年1月 No.347

 

気仙沼大島といちば寿司満喫ツアー

院長 三好 彰


はじめに
 2023年11月30日(木)、仙台は朝から雨雲が立ち込める天気の中、河北新報トラベル主催の日帰りツアーに参加しました。
 訪れた先である気仙沼は、打って変わっての秋晴れ! 透き通るような青空と鮮やかに色づく紅葉がお出迎えをしてくれました。
 ここでは今回訪れた気仙沼の名勝・名所をご紹介いたします。

名勝・煙雲館(えんうんかん)庭園
 仙台藩の御一家筆頭であった鮎貝家の庭園で、大崎市岩出山の有備館庭園と並ぶ国指定の名勝地です。季節によって彩りの変わる樹木と、山を模した築山に清涼な泉を表現した回遊式池泉庭園の中に、鮎貝家の居宅——鮎貝邸が建っています(図1~4)。
 庭園に分け入り、裏山との境にある遊歩道から後ろを見れば、波穏やかな気仙沼湾とそこに浮かぶ大島が見えました(図5)。

図01
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図02
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図03
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図04
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図05
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 このなんとも言えない素晴らしい景色を眺めていると、ここを生家とした歌人・落合直文の歌が脳裏によぎります。

 わが家は わがふる里にあらざれば かへりても猶旅ねなりけり

 晩年、肺疾患のため42歳でなくなった落合直文が残した短歌の一つです。
 生まれ故郷を離れ、遠い地から生家を懐かしんではいるものの、いま住んでいる家がそこになければ、それは旅先で寝るのと変わらないという、心の内がつい漏れ出してしまったように思えます。

新スポット気仙沼海の市!
 気仙沼港のすぐ目の前に新たに作られた総合施設『気仙沼 海の市』は、気仙沼港に水揚げされた新鮮な魚介類が食べられるだけではなく、ショッピングや日本でも珍しい氷の水族館、マニア必見のシャークミュージアムが併設されています。
 まずは腹ごしらえと、施設2階にある『いちば寿司』の暖簾をくぐりました。
 気仙沼名産のフカヒレに始まり、タイやマグロ、アジなどの新鮮な海鮮寿司のセットがテーブルに並び、久々の気仙沼のお寿司の味をじっくりと堪能しました(図6、7)。

図06
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図07
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シャークミュージアム
 昼食後は同施設内にあるシャークミュージアムを見学しました。サメ研究の権威である仲谷一宏氏(北海道大学 名誉教授)監修の展示がされています。今にも動き出しそうなホオジロザメの実物模型には本物のサメの歯が用いられており、その鋭いノコギリのような形状と分厚いアゴには、思わず背筋がゾッとしてしまいました(図8~10)。

図08
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図09
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図10
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 シャークミュージアムHP:https://www.uminoichi.com/museum/index.html


氷の水族館
 さらに隣接したこの氷の水族館(図11)では、高度な製氷技術によって作られた氷を用いた展示がなされています。不純物が混じらないよう1週間かけて製氷された透明な氷の中に、気仙沼港に水揚げされる80種類・450匹の魚がまるで泳いでいるかのように展示されています。その光景はまさに圧巻。泳いでいるような氷漬けの魚たちが、マイナス20℃の展示室の壁一面にはめ込まれています(図12~14)。
 また、魚以外でも氷を使ったマスコット人形『ホヤぼーや』や、木の氷像も展示されていました(図15、16)。

図12
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図13
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図14
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図15
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図16
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 氷の水族館HP:https://www.uminoichi.com/iceaquarium/index.html


震災から復活した男山本店
 気仙沼を代表する酒蔵の一つが、この男山本店です(図17)。
 1930年(昭和5年)に建てられた西洋風の家屋は、港町気仙沼のランドマークとして長年にわたって地域住民に親しまれて来ました。ですが、2011年3月11日の東日本大震災で起きた大津波によって建物の1~2階は流失。唯一、3階の壁と屋根だけが倒壊して残されているのが見つかりました(図18)。

図17
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図18
 図18 ※クリックすると拡大してご覧になれます


 震災復興で周囲の瓦礫が除去されていく中、国の有形文化財でもある建造物を残したいという保存運動が巻き起こり、SOC基金(東日本大震災被災文化財復旧支援事業)で応急保存されていた店舗を復元するに至りました(図19)。
 それ以降、杜氏(とうじ)の引退を受けて、後継に指名された営業担当の新杜氏(商品開発や新酒造りに関わっていた)によって新たな生産体制が整えられ、海外事業を手掛けるまでになったそうです。

図19
 図19 ※クリックすると拡大してご覧になれます


 1階はお酒販売の店舗として残しつつ、2階はテナントスペース、3階は震災から復興に至る資料展示室兼イベントスペースである『風待ちミュージアム』として一般公開されています(図20、21)。

図20
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図21
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欽ちゃんファミリー”気仙沼ちゃん“の宿
 気仙沼市内を巡った後は、2021年3月6日に開通した気仙沼湾横断橋(図22)を経由して、秋の斜陽に暮れなずむ大島へと渡ります。
 移動中に通りかかったのは、タレント萩本紘一の番組で”気仙沼ちゃん“として活躍した女将さんが経営する民宿『アインスくりこ』です。
 2011年の東日本大震災時に一時安否不明となりましたが数日後に無事が確認され、同年7月に被災地を訪れた欽ちゃんと実に20年ぶりの再会を果たし「以前よりももっといい宿にしたい!」と決意し、2012年秋にリニューアルオープンしました。

図22
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図23
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 アインスくりこHP:https://eins-kuriko.com/


太平洋を望む龍舞崎
 大島の最南端にある岬が、この龍舞崎です(図24、25)。
 その由来は太平洋から打ち寄せる荒波が、無数に点在する岩礁や断崖によって舞い上がる様子から名付けられたそうです。岬の突端にある龍舞崎灯台にいたる小道には、龍神様を祀る祠がありました(図26)。
 獣道のような細い道から視線を移せば、そこには切り立った断崖と、群青色の海、荒々しい岩礁群が目に飛び込んできます。

図24
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図25
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図26 龍舞埼灯台にある龍神様の祠(2023年11月30日 院長撮影)
 図26


鉄道跡を利用したバス専用道路
 帰りの道すがらふと外を見ると、一車線のみの道路を赤いバスが走っていました(図27)。
 これはBRT(Bus Rapid Transit)と呼ばれる新しい交通インフラで、震災からの復旧にかなりの時間が掛かることが予想された鉄道に替わって、線路を取り外してバス専用道路を再整備したシステムです。渋滞や信号待ちなどを極力回避できることから最短時間で各地点間を移動することが可能となりました。
 渋滞緩和や駅ホームへの直接乗り換え、鉄道よりも多い運航数、地域住民の要望による新駅の設置など、幅広い運用が期待されています。

図27
 図27


 バス高速輸送システムHP:https://www.jreast.co.jp/railway/train/brt/

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