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2024年3月 No.349

水彩画と随筆52

絵・文 渡邉 建介
院長 三好 彰

P.00


はじめに
 私の従弟である渡邉建介先生より、著書「水彩画と随筆」を拝受しました。渡邉先生は2011年に大学を退職後、その記念として描きためた水彩画をまとめた1冊目の画集を出版されました。
 渡邉先生は、生涯を通じて水彩画を描き続けると決心し、2冊、3冊と版を重ねられて2019年に4冊目の発行と相成りました。
 ご自身が訪れた世界各地の風景を、彩り豊かな水彩を用いて情感あふれる作品に仕上げられています。
 本誌では、渡邉先生の珠玉の作品の数々をシリーズでご紹介いたします。

随筆名「テニス合宿」
 私は我が家の近くにある神宮テニスクラブの会員である。このクラブは大正15年に創建され、明治神宮外苑の中にある。外苑の中には絵画館を中心に神宮野球場や秩父宮ラグビー場など各種のスポーツ施設が散在している都会のオアシス的存在で知られている。テニスコートは有名なイチョウ並木に隣接した場所にあり、クレーコート21面と室内コート8面を有する都内では最も充実したテニスクラブである。このクラブの特徴の1つは夜11時まで照明がともり、勤め帰りのサラリーマンや日焼けを気にする女性が安心してテニスをすることが出来る点だと思う。

 私は退職して自由な時間がたっぷりあるので主に日中テニスを楽しんでいるが、週に1度ナイターテニスをする仲間がいる。女性3人男性2人のグループである。7時から3ゲームほどテニスを楽しみその後ビールと遅い食事をするというのが通常のパターンだ。時々は屋は目にテニスを切り上げてグルメの会をするのだがその時「たまにはリゾート地で思う存分テニスをしてアフターテニスでゆっくりお酒を飲もう。」という話が持ち上がった。

 そういう話になるといつも時間が沢山ある私に企画係の役が回ってくる。いろいろ考えた末、那須白川にあるエクシブというリゾートクラブで秋の1泊旅行をしようという事に決まった。このクラブは関東・関西に数施設あり、たいていのホテル内にテニスコートを有しているので15年くらい前に会員になり時々利用しているクラブだ。5人だと1日中テニスをすると少し体力的にハード過ぎるというので、親しい男性会員に特別参加してもらう事にした。年齢は全員私と同じ中年(初老?)グループである。9月9日に新幹線を利用して行くことにした。車だと帰りに運転手が眠くなるという提案があり電車で行くことにした。

 9月8日の天気予報で台風が関東地方に近付いて9日は那須も大雨との情報が入った。

 仲間からは「中止にしよう。行ってもテニスはできないし、雨では気色も悪い。それに台風が直撃したらどんな災害に巻き込まれるか分からないーーー。」消極的な意見がメール上に並んだ。せっかく時間を合わせて計画したテニス合宿を台風ごときで中止させるわけにはいかない! 私の反骨精神に火がついた。雨でもテニスをするには「屋内コートを確保すればいい。」那須のホテルには屋内コートはない。どうしたらいいだろう。ホテルの近くに屋内コートはなさそうである。私が知っている屋内コート付きホテルといえば那須の隣にある日光霜降のジャパントータルクラブである。

 私はこのクラブの会員でもあるので時々利用しているが施設の内容や食事はエクシブよりだいぶ落ちる。しかしそんな事を言っている場合ではない。計画予定日は明日に迫っている。前日に宿泊予約ができ、しかも屋内コートが空いているかどうかである。時間はない。すぐにクラブに電話を入れた。「OK」との返事が返ってきた。エクシブのホテルはすぐにキャンセルしてジャパントータルクラブを予約した。

「雨でもテニスができるように屋内コートのあるホテルに急遽変更します」

 時をおかずにみんなにメールをした。

「ありがとう! よく良いホテルを探してくれましたね!」

 喜びと驚きのメールが返ってきた。ただ飛び入りで参加を依頼した中村秀三さんからは「台風が来るのにテニスに行くなんて気違いじみている。私は不参加です。」参加人数は1人減って5人になってしまった。
 長い間計画を練って決めた合宿への思いに差が出てしまったのは当たり前かもしれない。中村さんの言うように台風が来るというのに日光まで出かけるというのは一般的にいえば常識はずれな行動であろう。

 9月9日朝から時折強い雨が降っていた。ジャパントータルクラブは日光駅から離れたところにあり雨という事もあったので前日に娘の大型ワゴン車を借りておいた。5人そろって神宮を朝出発した。雨は時々激しく車のボディーを叩きつけたが風はそんなに強くなかったので快適とはいかなかったが、予定通りお昼ころ日光に到着した。昼食を済ませ早速テニスをすることにした。ジャパントータルクラブには3面の立派な屋内コートがある。テニスをしている人は誰もいなかった。テニスを始めて暫くすると滝のような雨になってきた。どうした事だろう! 屋内コートに雨漏りが始まった。瞬く間に2面は水浸しになった。かろうじて1面だけ使用できたがネット前の1部に水たまりができてきた。5人なので1人が水描き係になればゲームは出来る。

 激しく雨が屋根や窓を打ちつけ雨漏りが滝のように落下し屋内コートは異様な雰囲気に包まれた。それでも我々はテニスを続けた。ホテルの従業員が見回りに来た。

「こんな雨漏りのする屋内テニスコートで料金を取るのですか?」中年女性は厳しく従業員に迫った。

 とても男子には言えない迫力である。

「いいです。どうぞご自由にテニスをなさって下さい。」

 女性の迫力に圧倒されてコート使用料は割引ではなく無料になった。少しコンディションが悪いがちゃんとテニスができるのに無料とは少し申し訳なく思ったが、なんだかすごく得をした気分になった。予定通り夕食前までテニスを続けた。
 夕食をした後部屋に戻って夜の宴会となった。神宮でも料理上手で有名な大原さんが車に積めるだけの料理を用意して下さりところ狭しとテーブルに並んだ。電車でなく車になったのでワイン、日本酒も持ち込まれ夕食より豪華な2次会となった。外は台風で荒れ狂ったような風雨の中、至福の宴会であった。

 翌朝、嵐はやや納まったが依然として激しい雨が続いていた。ニュースで鬼怒川が決壊し、高速道路が寸断状態であることが報じられていた。

「日光は鬼怒川の上流にあります。ここが孤立する恐れがありますので朝食を食べたら、なるべく早くお帰りになる事をお勧めします。今ならなんとか東京に戻るルートが確保されています。」

 ホテルマンは朝からキャンセルの電話が鳴り響く中ややパニック状態であった。こんな時焦っても仕方がない。途中でどんな災害に巻き込まれるかもしれない。5人の冷静沈着?な協議の末予定通り午後までテニスをしてその後の行動はテニス終了後に決めるというホテルマンとは全く反対の結論に達した。屋内テニスコートに行くと、状況は昨日とほぼ同じで1面は何とか使用可能であった。

「こんな状況ですから、テニスをおやりになるなら、今日もコートフィーは結構です。」

 交渉をする前からコート使用料無料の提案である。5人の中年グループは4時間たっぷりテニスを楽しんだ。午後になると雨はやみ空も明るくなってきた。しかしニュースでは鬼怒川の決壊で被害が拡大している事を報じていた。幸い決壊個所は東京へのルートより下流のようである。佐野まで一般道路を行きそこから開通している東北道に入る計画を立てて出発した。予想は見事に的中し通常より1時間オーバーの時間で東京にもどった。

「ただいま。」

「え! よく帰れたわね。今日は日光にもう1泊してくると思って夕食は用意しておかなかったわ。」

 女房の驚きの言葉が返ってきた。

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