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3443通信 No.359

 

このたび宮城耳鼻会報(90号)に『三好彰:うつ病症例の自殺を止めたお話. 宮耳鼻90; 2024』が掲載されました。

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エッセイ『うつ病症例の自殺を止めたお話』
(宮城耳鼻会報90号)

三好 彰(三好耳鼻咽喉科クリニック)

 

1.はじめに
 以前、同窓会報(平成21年)に投稿した『日本耳鼻咽喉科学会 冬期講習会の思い出』で九州大学小宮山教授との記念写真をご覧頂いたことがあります(図1)。
 あの折は、第2回日耳鼻冬季講習会(図2)のための引き継ぎが目的の一つで、九大を訪問した訳ですが、もう1つの目的は心療内科の池見酉次郎先生(図3)にお会いすることでした。
 池見先生の本には高校生の頃から接していて、ストレスが心身に与える影響等に興味を持っていたためです。

図01
 図1

図02
 図2

図03
 図3


 この九大訪問時には、当時小倉市立病院長をしておられた池見先生のご自宅までお邪魔してお話を伺うことができ、未熟ではありましたが心身医学のさわりだけでも頭の片隅に詰め込むことができ、帰仙しました。
 それでも役に立つことはあるものです。
 東北大の臨床に戻った私のもとに、後述の症例が受診することになったのです。

2.論文
 ここからは日耳鼻掲載論文(図4)の抜粋です。

図04
 図4


1) 症例1
  T.T 35歳 女
① 既往歴
 ・74年頃、乳腺炎にて手術。
 ・78年頃より、低血圧および不整脈出現。某内科医にて治療を受ける。
  この症状に対しては、極めて不安が強い。
② 現病歴
 ・80年8月頃、患者の姉が、癌(詳細は不明)の疑いで手術を受ける。
  患者は付添いとして看護に当たりその為に癌恐怖症となる。
  この頃より咽喉頭異常感出現、某耳鼻科医にて治療を受ける。
 ・80年10月初旬、咽喉頭部の異物感並びに口腔内乾燥感が強くなって来た為、特に心因性・精神身体性についての精査を目的として当科(東北大学耳鼻科)を紹介され、受診する。
③ 当科受診後の経過
 当科初診時、咽喉頭に異常所見無く、後に述べるごとき諸検査においても、ほとんど異常を認めなかった為、各種心理テストを施行した所、表(図5)に見るごとく極めて値が高く、強度のうつ、不安、焦燥があり、種々の自律神経失調症状の存在することが窺い知れた。
 そこで、十分時間をかけて面接を行ったところ、以下の事実が判明した。

図05
 図5


・睡眠障害・早期覚醒が存在し、恐い夢(手術場の晧々とした無影灯の下に自分が寝かされている夢、火葬場で自分が焼かれそうになる夢)を見ては、夜半に7~8回覚醒すること。
・夜、一人で過ごすのが不安で、TV等をつけたりするが全く楽しくならないこと。
 また、そういう時には特に咽喉頭の異物感が強くなること。
・バス等に乗り、自分が降りるべき停留所をバスが通過してしまうのを意識していながら、降りることのできないHemmungの発作が存在すること。
・家に居ても、家族の食事を作ったり食べたりする意欲が全く起らず、家族の食事を作るのがやっと、というHemmungの状態にあること。
・時々、発作的に植木をかり落としたり、食器を壊したりしていながら、その間の記憶が全く無いというHysterieの発作が存在すること。
・現在は家に居ても、余り食器や家具を整理したりできないが、以前は全てが整然と片付いていないと我慢のできない性格であったこと。

 以上の諸症状、内因性Depressionを想起せしめる病前性格、心理テストの結果、および試験的に投与したamytriptyrineの効果等から、本症例はDepressionによる咽喉頭異常感症と診断、患者の家庭的な事情等から外来通院にて治療を行うこととした。
 この症例は抗うつ剤に良く反応し、環境的な問題さえ無ければ、そのまま治療に向かうように、当初は見受けられた。

 しかしながら、治療開始後1カ月を過ぎたあたりから、患者の家族・隣人に不幸が相つぎ、それに伴って患者の精神症状が悪化、特に不安・焦燥が強くなって来た。
 その不安は主に、症状の再悪化から入院が必要になるのではないか、という内容のものであり、極めて入院治療への恐怖感の強いことが推測された。

 しかも、悪いことに患者の親戚に、精神疾患に対し極端な偏見を有している者が居り、患者を無用に気違いよばわりすることによって、時おり患者をパニックの状態に、陥らしめることがあった。

 以下はその1例である。

・夜、著者の自宅へ患者から電話がある。
 患者は極めて興奮し、泣きながら話をする。
・患者のおじ(その子供がかつて精神神経科へ入院した既往を持つ)が酔って患者へ電話をかけ、「お前は気違いだ。皆、お前のことをそう言っている。お前のようなやつは、さっさと(精神神経科へ)入院してしまえ」と言ったと述べる。
・「先生、私、一生懸命なおそうとしているのに、ひどいよね。私、そんなにおかしいのかしら。そんなにまで言われる位なら、死んでしまいたい。子供にお母さんと一緒に死んでくれるかって聞いたら、いいよって言ってくれた。先生、どうしたらいいかしら」
・これに対し、傾聴・支持を強力に行ない、約1時間、電話による精神療法を施行。自殺は思い止まらせる。

 現在本症例は、十分な抗うつ剤・抗不安剤・抗精神薬の投与、傾聴・支持を主体とする精神療法、等により軽快に至ることができ、更には咽喉頭異常感の消失をも見ることができたので、引き続き薬物療法・精神療法を続けながら、経過観察中となっている。

3.本論文の背景について
 九大訪問と本症例を経験した1980年当時、耳鼻科領域では「咽喉頭異常感症(略して“KKF”-Kehlkopf fremdkoelpel Gefuehl)」と名付けられた原因不明の病態が問題となっていました。
「ノドに何かある」という極めてしつこい訴えを有し、器質的には何ら所見が見当たらないのに、それに対する耳鼻科医の説明には全く納得せず、時には複数の医療機関を訪問する病態で、その時期には全く正体不明だった症例たちです。
 当然耳鼻科医は対応に困り、研究会が発足し、多くの耳鼻科医を巻き込んで対応を議論していました。

 私は九大心療内科を見学したその体験から、一連の病態の一部にはうつ病の存在することを確信しましたので、その解明法を主張して来ました。
 実際、1983年の大阪の日耳鼻総会では、このKKFに関して講習会が開催され、私も講師の一人としてスピーチしています。
 いずれにしても81年の論文(図4)で私は以下の如く考察を行なっています。

4.本論文における考察部分
 Depressionにおいて咽喉頭異常感を来たすことのあることは、既に戸川、日野原ら、矢野ら、の指摘するごとくであり、その症状出現頻度は、中川らによれば27.0%、並木によれば26%である。

 一方、精神科以外の一般診療科を受診する患者の3~10%がDepressionである、との報告もなされており、咽喉頭異常感を訴えて耳鼻咽喉科を受診する症例の中に、Depressionが含まれている可能性は全く否定できない。
 Depressionにおいて咽喉頭異常感を来たす理由は必ずしも明らかではないが、器質的には並木の述べるごとく、胃内容の停滞その他の因子による異常な知覚が、求心性神経刺激として迷走神経中枢に達する際に、近接する舌咽因神経核をも刺激し咽頭部の異常感を覚えるとする説が、岩田、五嵐、井上らの説と関連するものとして興味深い。

 また、機能的には、頸部は大血管・脊髄等、重要な器官の密集する部位であり、ライオン・トラなどの野獣が対戦相手を倒す時の最大の急所であるばかりではなく、人間においても目などと同様鍛えようのない部位だけに、生命の危機感を覚えることのあるDepressionにおいて、咽喉頭部に異物感を覚えるのは、本症に良く見られる恐怖症に起因している可能性も、否定はできない。
 いずれにせよ、われわれ耳鼻科医が日常診療している咽喉頭異常感症の症例の中に、本稿において報告したごとき重篤なDepression症例が存在する可能性は、常に念頭においておくべきだろう。

 症例1は、極めて重篤な症例であり明確な自殺企図を抱くまでに至った点、はっきり言って我々耳鼻科医の手に余る症例であったのかも知れない。
 しかしながら、以下に述べるごときいくつかの理由から、私は本症例を精神科医の指示に基づく、当科外来診療の適応と決めた。

・本症例は、現在女手一つで小学校入学直前の子供を育てていたこと。しかも、本症のHemmungの為働くことができず、生活保護を受けていること。その為、入院することにより子供を小学校へやることができなくなるのではないかという恐れが非常に強かったこと。
・先に述べたごとく、本症例の親戚には精神疾患に対していわれのない偏見を抱くものがおり、本症例の治療を精神科医の手に委ねた場合、軽快後も一生に亘り気違い呼ばわりされる可能性の高かったこと。
・何よりも、本症例の如く精神科受診に抵抗のある症例に、無理に精神科受診を勧めると、精神科どころか当科をさえ受診しなくなる可能性のあること。

 事実、本症例は軽快後、当科外来診療のみにて本症の回復を見たことを非常に悦んでおり、如何に精神神経科受診を恐れていたかが良く窺い知れた。

 後に述べる様にDepression、特に軽症のそれは最近増加の傾向をたどる一方であり、Kielholzの指摘するごとく精神科医だけの手には負えなくなってしまって来ているのかも知れない。
 それだけに、初診時耳鼻科を受診するDepression症例が多いばかりでは無く、本症例に代表される様な複雑化した症例も、決して少なくないものと思われる。

 いずれにしても本症例は、専門医における治療に対し非常な不信感を抱いており、精神神経科紹介等はむしろ有害無益であろうと想像されたので、当科外来における精査と精神療法を繰り返し、精神身体症状の改善を見るに至った。
 Depression症例の取り扱い方を、耳鼻科医が心得ておく必要性につき、痛感させられた症例であった。

 さてDepressionは、新福ら、深町、広瀬、長門らの指摘するごとく、最近増加の一途を辿りつつあり、精神科医のみならず一般医の関心も高まり始めている。
 しかし、一般には未だに本症において身体症状を来たすことは、余り知られていないと言って良い。
 長門らは、九州大学心療内科受診前に、他科を受診していたうつ状態患者例のうち、正しくうつ病またはうつ状態と診断されていたのは、11%に当たる10例に過ぎなかったとして、異常なし、もしくは過労と診断されたり、たまたま合併していた身体疾患のみに目が向けられ、うつ状態の存在を見逃してしまうことがある事実に、警告を発している。

 また稲永は、精神科医と内科医が同一の患者を別々に診察したところ、精神科医の前では精神症状を、内科医の前では身体症状のみを述べたと報告し、むしろ患者のほうから精神症状をマスクしている可能性がある、と述べている。
 更に新福は、本症の身体症状に対し漫然と抗不安剤やビタミン剤の投与を行い、多少の軽快を見ることがある為に、無反省に同じ治療が続けられていることがあるとし、本症と気付かないままに行われている不適切な治療に注意するよう、述べている。
 やはり、日野原の述べる様に「うつ病患者は精神病患者であり、精神科を受診するものという先入観を改め、その90%はむしろ身体症状を主訴として一般診療科を受診するものであり、その中には耳鼻科外来を受診する患者がいる」という考え方が必要であろう。

 なお、言うまでもないが、Depressionを見逃すことが許されないのは、症例1の如く強度の自殺念慮を抱いたり、実際に自殺をする症例が多いからである。
 大原は、精神病院入院患者を対象に、自殺未遂者の占める割合を調査し、Depressionが29.7%で他の疾患に比して著しく高率であったとし、更に救急病院に運ばれて来た自殺未遂者の臨床診断では、心因反応が54.8%で、Depressionが33.9%であり、しかも心因反応のほとんどが反応性うつ病であったことから、広義のDepressionと自殺行動とは極めて密接な関係にある、としている。
 心すべきであろう。

 従来、患者心理のスクリーニングには、主としてCMIが多用されて来た。けれども本法は、少なくともDepressionの診断には、ほとんど役に立たない。それは三輪の指摘する如くCMIにおいて抑うつ度の指標となるNの項目の、表現上の問題であろう。
 その意味で、前述のKMIとMDIの併用は、単に本症の精神症状・身体症状の検出に有用であるばかりではなく、心身症・神経症との鑑別診断にある程度役立つ点、臨床上十分使用に耐え得るものと考えられる。
 なお、Depressionのチェックリストには、簡便なものとして他にZungのSDS、阿部らのSRQ-D等があり、それぞれ翻訳上の問題、表現上の問題等はあるものの、その欠点を熟知した上で使用するならば、かなりの有用性を発揮するものと思われる。

 ところで既に別紙に報告した以下のごとき理由から、私は外来治療のみで経過を追える場合には、積極的に抗うつ剤等の投与による本症の治療を、耳鼻科においても試みるべきであろうと考えている。

① 最近軽症うつ病が増加していること
② 安全で有効な抗うつ剤が手に入ること
③ 精神科医の数が患者の数に較べて少ないこと
④ その為、必ずしも精神科において十全な治療が受けられる場合ばかりではないこと
⑤ 精神科以外の一般診療科を訪れる患者が多く、患者自身はDepressionとは考えていないことも多いこと
⑥ 未だに精神疾患に対する偏見は根強く、患者自身も患者の家族もDepressionと診断されることを、不名誉と考える傾向も皆無ではないこと
⑦ 従って精神神経科を紹介すると不本意に思われ、返って治療が継続できなくなることもあること

 上記の理由、特に⑦の理由は、症例1のごとき極めて自殺の可能性の高い症例を、逆に医療の手から遠ざけてしまいかねない点、かなり重要な意義を有するものと考えている。

 最後にDepressionという疾患の概念であるが私は緒論において述べたごとく、特に心因性、内因性、身体因性といった分類はせずに、広義のDepressionとして患者を扱う方が、少なくとも耳鼻咽喉科外来においては適切であろうと考えている。
 それは1つにはDepressionの病像の変化による。
 大原が全国の精神科医200名に対して行ったアンケート調査によると、過去10年間の間にDepression病型・症状が下記の如く変遷して来ていることが判った。

① 病状が軽症化したこと
② 不純型が増加したこと
③ 慢性化したものが多くなったこと
 等であり、一般に内因性うつ病と反応性うつ病との鑑別は困難であるという結果が出ている。

 もう1つには森山の述べるごとく、

① 精神疾患の「外来化」の動向と関連して、「反応性」うつ病の問題が浮かび上がって来たこと
② 同様の傾向の中で、軽症うつ病の問題が浮かび上がって来ており、いわゆる仮面うつ病が注目をひいていること
③ 伝統的に存在した精神分裂病との鑑別の問題が再燃して来ており、躁うつ病と分裂病のいずれにも分類し切れない「病型」が問題になっていること

 等の為に疾患単位としてのDepressionの概念が、難しいものになって来つつあることにもよる。

 以上のDepressionの病像の変遷の問題、疾患単位としてのDepressionの有する問題とは別に、耳鼻咽喉科外来診療においてDepressionを見逃さない為には、先ず疑ってみるという態度が必要であり、疾患の分類はその後に行われるべきである、という臨床上の要求も忘れてはなるまい。
 これらの事実より私は、少なくとも耳鼻咽喉科外来診療においては、Depressionの細別診断等よりも先ず広義のそれを見逃さないことの方が重要であり、その為には心因性・内因性・身体因性の全てを含んだ広い意味でのDepressionという概念を、身につけておくことが必要であろうと考えている。

5.本論文の結論
i) いわゆる咽喉頭異常感症で耳鼻科を受診する症例の中には、本稿において報告したごとき重篤なDepressionの症例が存在する。
ii) 未だ精神疾患に対しては一般に偏見が強く、また専門医の数が少ない為もあって、必ずしも専門医の手に委ね切ってしまうことが最善とはいい難い。
iii) その為、われわれ耳鼻科医もDepressionという疾患に対する理解を深めておく要があり、ある程度の治療は心得ておくべきである。

6.おわりに
 本論文は日耳鼻に提出後、全く査読にて問題点を指摘されることも無く、直ちに掲載が決定しました。
 その後、45年を経て世の中は移り変わり、疾患の様相も異なって来ています。
 今の耳鼻科領域で、KKFそして心因性もしくは精神症性の病態も変化して来ているはずです。

 市井の一隅で診療している一開業医にはとうてい全体像は見えないのですが。
 こうした心因性、精神症性の耳鼻科疾患は今はどうなっているのでしょうか?

 本稿をお読みの会員の皆様、お詳しい方がおられましたらご教示いただくことができるでしょうか。
 私は、45年間の病態の変化を知りたいと、心から願っているのですが……。

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