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3443通信 No.359

 

訪れた人たち
~阿部 隆 先生(阿部耳鼻咽喉科医院 院長)~

図01
 図1 久しぶりの再会にニコリ


 古くから当院に通われている患者さんには、阿部先生の名前をみて「おっ!」と思われた方もおられるかも知れません。
 当院HPの『書籍・マンガコーナー』で無料公開している院長監修の医学コミックシリーズ7『難聴・早期発見伝』に登場されている阿部 隆 先生は、院長と同じ岩手医科大学をご卒業され、大学病院そしてロンドン大学への留学を経て、地元である湯沢市で耳鼻科医を開業されました。
 ある日のこと、阿部先生から連絡を頂きまして、

「ぜひ、私のプロジェクトを見て欲しい」

 と、お誘いを受けた院長は、いまだ夏の暑さが真っ盛りの8月30日(金)に愛車であるレンジローバーを走らせて、阿部先生のいる秋田県へ向かいました。
 訪問当日、九州地方でノロノロ台風10号が猛威を振るい、東北にもその発達した積乱雲がときおり豪雨を引き起こし、視界を水飛沫で埋めるほどの悪天候に見舞われました。
 ですが、東北道の北上ジャンクションから秋田道を西へ進むと、それまでの雨が嘘のように青空が広がる快晴となりました。

 私たちが向かっていたのは、阿部先生の生家のある湯沢市稲庭町。あの全国的に有名な稲庭うどん発祥の土地で、宮城県とも接しており秋田県の中でもかなり南東に位置する町です。
 かつては暴れ川と言われた水瀬川の水で育った黄金色に染まる水田と、栗駒山からのびる深緑の山峰に囲まれた稲庭町は、とても穏やかな情景が広がっていました。 
 その仙北平野の南端に、阿部先生の生家はありました。

やさしい森プロジェクト
 笑顔で出迎えてくれた阿部先生と再会した院長(図1)は、さっそく阿部先生からこれまで温めてきたプロジェクトのお話を伺いました。
『やさしい森プロジェクト』と命名されたそのプロジェクトは、阿部先生が外来診療の中でずっと温めてきた計画とのことで、主に2つの目的から成っています。

1つ目は、ご先祖様から受け継いだ裏山を、誰もが楽しめる森林自然公園として整備・保存すること。
2つ目は、これまで医院で実施してきたコミュニケーション障がい児の医療療育支援の場を、上記の公園とともに連動させて展開することです。

 その第1弾となる森林自然公園の整備は、2019~2022年の3年間をかけて行なわれ、設計には阿部先生のお知り合いの東京農大造園科を卒業された方が携われたとのことです。
 個人宅の庭とは思えない整備された庭には、裏山の湧き水をひいた小川や滝が清涼感を醸し出し、とても気持ちの良い空間が広がっていました(図2~5)。

図02
 図2 美しく整備された自宅裏の庭園

図03
 図3 せせらぎが清涼感を奏でます

図04
 図4 裏山から流れてくる湧き水

図05
 図5 雨天対応のイベントスペースも完備!


 プロジェクト第2弾では、これら自然のフィールドを活用して、障害児・健常児の垣根をなくすために遊びを通じた学びの場を提供することです。障害という壁を乗り越え、お互いを尊重しあう関係を幼少時から学ぶことで、障害に対する意識が変わり、より住みやすい環境を構築する土壌作りになります。
 このプロジェクトに興味がある方は、ぜひ阿部先生のホームページをご覧ください。

秋田稲庭・やさしい森プロジェクト」(阿部耳鼻咽喉科医院HP)

知的障害者に対するスヌーズレン療法
 スヌーズレン療法とは、1970年代にオランダで重い知的障害者を患ったある人が、余暇活動として始めたのがきっかけです。
 その目的は、知的障害者に光・音・匂い・振動・触覚などの刺激を効果的に与えることで、その刺激を楽しみ自分なりの時間の過ごし方を得るための方法とされています。
 例えば、照明を落とした室内に光の球を写したり光るガラスの筒を置いたり、アロマを焚いたり、柔らかいゴムボールなどを置いたりと手段は様々です。
 そのために阿部先生が用意されたのが、茶室にも使えそうなこちらの小屋です(図6、7)。

図06
 図6 自宅のお隣にある離れへ

図07
 図7 茶室を改装したスヌーズレンルーム


やさしい森のポロ
 前述の庭園に隣接して建てられている優しい色合いの建物が、多機能型児童発達支援施設『やさしい森のポロ』です(図8)。こちらの施設では、阿部先生が20年前から実施している言語発達外来『聞こえとことばの教室』で培われた経験から、コミュニケーションが上手くできない児童には幼少時から学童期までの一貫した療育支援が大切との気付きを得て開設されました。
 内部は白地に暖かい木材を用いた内装で、音楽や映像で楽しめる多目的ホール(図9、10)や、ロデオマシンや平均台、跳び箱などの運動も楽しめる部屋(図11)など、子どもたちが十分に遊べるスペースが確保されています。

図08
 図8 立派な施設外観

図09
 図9 暖かな雰囲気に包まれています

図10
 図10 情緒あふれる暖炉までも

図11
 図11 屋内で体を使った運動も出来ます


裏山森林自然公園『ポロ』
 プロジェクトの第1弾で整備された庭から更に裏山に足を運ぶと、山を巡る林道が整備されています。豊かなブナ林などに囲まれた森の空気は清々しく、キャンプなどの各種の野外活動が出来るだけの十分なスペースが点在しています(図12~15)。

図12
 図12 裏山の中腹にある広場

図13
 図13 切り株に腰を揃えて談笑するイメージが湧きます

図14
 図14 豊富な湧き水

図15
 図15 ウッドチップを巻いた白樺の散策路


 この森は阿部先生が子どもの頃から慣れ親しんだ想い出の場所でもあります。
 特にお気に入りという場所に案内頂くと、そこからは綺麗な青空と緑に囲まれた稲庭町が一望できる絶好のロケーションでした(図16)。阿部先生は高校時代、ひどく落ち込んだ時期にはこの場所に来て、自身の将来などについて思索を巡らせていたと語られていました。
 どうかこのプロジェクトが、あらゆる子どもたちの成長の道標となられることを願っております。

図16
 図16 阿部Dr.お気に入りの場所から町をのぞむ


本場・稲庭うどんを堪能!
 さて、稲庭町といえば名物稲庭うどんです。
 阿部先生のご紹介で訪れたお店は、稲庭うどんの発祥である『佐藤養助』総本店のお向かいにある天ぷら『正心庵』さんです(図17)。このお店では地物野菜や『佐藤養助』から直送される稲庭うどんを提供しています。
 わずか8席のカウンター席からはご店主の調理する様子がつぶさに見て取れ(図18)、新鮮な地物野菜や海鮮が、次々と高温の天ぷら油によって絶品の天ぷらへと変貌していきます。

図17
 図17 風情漂う「正心庵」さん

図18
 図18 キレ良い手つきで湯切りするご店主


 オクラ、エビ、シイタケ、レンコン、米なす、アジの大葉包み、カリカリに上げたサツマイモ(図19~25)と、そのどれもが素材に合わせた抜群の揚げ方で供されます。

図19
 図19 地物産のオクラはトロッとした歯応えが魅力

図20
 図20 丁度良い塩梅に揚がったエビ

図21
 図21 こちらも地物産のシイタケ。香りが良い!!

図22
 図22 レンコンもサックサクです

図23
 図23 油を吸った米ナスがなんとも……

図24
 図24 アジの大葉包み

図25
 図25 締めはカリカリのサツマイモです


 そして特に印象に強く残ったのがミョウガの天ぷらです(図26)。普段はあまり強い薫りの野菜は得手としないのですが、天ぷらにすることで強い癖が程よく抑えられており、衣を帯びたミョウガに歯を立てるとサクッとした食感と共に、野菜の持つ甘味が汁気とともに溢れ出てきて、ミョウガ独特の香りがフワッと口腔内に広がります。

図26
 図26 今回一押しのみょうがの天ぷら


「お、おいしい……」

 いずれの品も、高級料亭で出されてもおかしくはない繊細な仕上がりでしたが、どちらかというと苦手な食材を美味しいと思ったのが、非常に記憶に残りました。

 さて、天ぷらでお腹が温まったところで、真打である稲庭うどん(図27)の登場です。
 これまでスーパーなどで売っている稲庭うどんは食べたことはありますが、発祥元のしかも工場直送の稲庭うどんは食べたことはありません。
 期待に胸を膨らませつつ、ご店主の手で稲庭うどんがカウンターにのせられます。

図27
 図27 最高に贅沢な時間になりました

図28
 図28 またお会いする日まで!!


 蒸籠の上にキレイにのせられた二束のうどんは、まるでイカの切り身のような光沢と色合いを放っていました。
 それを麺つゆとゴマダレの2種類のタレで頂きます。
 かるく麺の先をタレにつけてゆっくりと口に運ぶと、ツルッとした舌ざわりとしっかりとした麺のコシが口内を踊ります。

「これは、美味しい……!!」

 仄かな水の甘味も、米どころ秋田ならではの水の清廉さを感じさせれくれます。これは癖になる美味しさと、付け合わせのワサビを麺の上にのせて再びツルリ……。おろしたてのワサビの甘さと辛味が食欲を刺激します。
 あっという間に蒸籠だけになってしまった器を見て、寂しさと満足感が一体となって体を駆け巡ります。

 ふと視線を上げれば、他の席に座るお客さんも満足げな表情を浮かべています。やはり本当に美味しい物を提供すれば、お客さんはやって来るのだと納得してしまいました。
 今回は僅か数時間の滞在という限られた訪問でしたが、物腰の柔らかい阿部先生のライフワークのお話を伺うことができ、また阿部先生の愛する地元の名物まで教えて頂き、本当にありがとうございました。

 阿部先生からは「次は泊りがけで来てね!」と熱いお誘いを受けながら、院長と私は帰路につきました。

◇ ◇ ◇

 後日、阿部先生から以下のようなお便りを頂きました。

3443通信の新年最新号を拝見しました。
 綺麗な写真と解説寄稿文がとても素晴らしく感激いたしました。
 読者の多い仙台の方々に、秋田のド田舎でこんなことをやっている耳鼻科医がいるということをご紹介いただいて大変光栄に思います。

 歯学部から医学部に編入して三好彰君と同級生になれたこと、仙台でも有名な耳鼻科医であった仙台の跡を、彰君なりの方法で見事に継いでおられることに、改めて敬意と感謝を覚えます。本当にありがとうございました。
 来年は、是非一泊して遊びにお出でいただきたいと思います。


 阿部先生、ご丁寧なメールを頂戴しまして、誠にありがとうございました!

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