3443通信 No.363
ワーグナーの楽劇『パルジファル』を鑑賞しました
院長 三好 彰


図1
長引く花粉症シーズンの合間を縫って、2025年3月27日(木)に東京上野公園内にある東京文化会館にて、ドイツの作曲家ワーグナー作の楽劇『パルジファル』(NHK交響楽団)の演奏会形上演(図1)が開催されました。
この催しは、桜咲く上野で春の訪れを音楽で祝う日本大際級のクラシックの祭典で、2005年の前身である『東京のオペラの森』を始まりとして、2009年に『東京・春・音楽祭』に名前を変えて現在まで続いています。
開催期間は約1カ月間。これまでに発表されたオペラ作品の作曲家をテーマに掲げ、ウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座、フィレンツェ歌劇場という世界の名だたるオーケストラがオペラ作品の世界観を表現します。
今回私が参加したのは、東京春祭ワーグナーシリーズとしては16番目の演目にあたる『パルジファル』という作品で、ワーグナーが1882年に完成させた最後の楽劇になります。
この作品は、ドイツ東部の小都市バイロイトにあるワーグナーの作品専門上演のバイロイト祝祭劇場(図2)で上演されることを前提に制作された、唯一の作品です。そのため、ワーグナーの死後、妻であったコジマ夫人の働きかけによって1913年まではバイロイトで独占上演するという取り決めがなされましたが、1913年に故ワーグナーの著作権が切れたことで世界各地で上演されるようになりました。
この全3幕からなる『パルジファル』は、10世紀ごろの中世スペインにある聖杯を守るモンサルヴァート城およびクリングゾルの魔の城を舞台として展開されます。

図2 バイロイト祝祭劇場
ストーリーのベースとなっているのはかの有名な聖杯伝説で、十字架にて息絶えたイエスの血液を受けた杯のことです。
主人公は作品名にもなっているパルジファルという、実は重大な宗教的使命を帯びながら無知蒙昧な青春を過ごした若者です。
彼はある日突然、悪の道に堕ちた魔術師クリングゾルに立ち向かい、聖杯を救う使命に目覚める時が来たことを自覚します。そして悪の魔法により長い苦悩の旅の末に成長し、帯びた使命と共に王国へと戻ったパルジファルは、魔術師クリングゾルとの戦いで傷を負っていた国王アムフォルタスの傷を癒し、聖杯を守護する国は救われます。
このパルジファルの前にワーグナーは、彼の代表作とも言われる『ローエングリン』という作品を作り上げています。実はこの作品に登場する主人公の騎士ローエングリンは、後作である『パルジファル』の主人公パルジファルの息子だったという繋がりがあります。
つまり、最初に発表された『ローエングリン』では息子のお話を、後に発表された『パルジファル』では父であるお話を描くという時代をさかのぼったストーリー展開になっており、作中でもそれを匂わせるような演出が施されています。
これらワーグナー作品には『ワグネリアン』と称される熱狂的なファンが数多くおり、特に『ローエングリン』を愛好する人物の中には度肝を抜かされるエピソードを持つ有名人がいます。
その一人、バイエルン王国(ドイツ南部のミュンヘンを中心とした現バイエルン州)のルートヴィヒII世などは、王位に就くと同時に自国にワーグナーを招聘し、彼の負債の肩代わりと多額の資金援助をしました。さらにはドイツ観光の代表格とも言えるノイシュヴァンシュタイン城(新白鳥石城)は、ワーグナー作品の世界観に惚れこんだルートヴィヒが多額の国費を投じて建設したとされています。
また、作曲家チャイコフスキーのバレエ音楽『白鳥の湖』は、白鳥の騎士と称されるローエングリンの影響のあることが示唆されています。

図4 演奏後の挨拶。前列中央の歌手がグルネマンツ役のゲルハーヘルです
①パルジファルの代表的CD

『パルジファル』の歴史的名演として知られる名盤で、偉大なワーグナー歌手ハンス・ホッターがグルネマンツを務めていることで有名です。高校生だった私が生まれて初めて購入したワーグナーのLPでした。
②

幽幻な名演のクナッパーツブッシュの没後、フランス人指揮者ピエール・ブーレーズの透明なサウンドで知られる名演です。
主役パルジファルをテノールのジェームズ・キングが演じており、本当に英雄らしい声を聞かせてくれます。
私は1972年ドイツのハイデルベルグ大学での夏季語学研修中にバイロイトを訪れ、ワーグナーの『神々の黄昏』を堪能した経験があります。
又いつかバイロイトへ行く。それが私の終生の夢です。