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3443通信 No.364

 

第35回ありのまま生活福祉講座 聴講レポ

秘書課 菅野 瞳 

図01


 去る2024年6月22日(土)、仙台駅地区にあるアエルビル5階の仙台市中小企業活性化センターにて、第35回ありのまま生活福祉講座(図1)が開かれました。
 例年は、文化系の方と社会福祉系の方、それぞれお一方ずつを講師にお招きして開催されますが、本年は第35回という節目の良い0(ゼロ)と5のつく回にあたることから、第29回の講座より本講座の座長を務められている彬子女王殿下にご講話を賜ります。

 彬子女王殿下と共に本日登壇されるのは、2020年より日本パラリンピック委員会会長に就任しご活躍されている河合純一氏です。
 河合氏は、先天性ブドウ膜欠損症のため視力は右目のみで生まれ、15歳の時に全盲になられました。5歳から始められた水泳の日本代表選手として、1992年開催のバルセロナオリンピックから2012年開催のロンドンオリンピックまでの6大会連続でパラリンピックに出場され、金メダル5個を含む合計21のメダルを獲得しておられます。
 この記録は、日本人最多のメダル獲得数となっており、2016年には国際パラリンピック委員会(IPC)から、日本人初となるパラリンピック殿堂入りを果たしておられます。

 本日の河合氏の演題は「パラスポーツを通して考える共生社会について」です。
 障害のある人とない人が、具体的に接し関わりあう中で、全ての人の尊厳が守られる社会を共生社会と言います。
 そしてスポーツには、人々を集め、ともに感動し、連帯を強め、活力を創出する力があると言われています。身体機能や知的発育などに障害がある人が行うスポーツをパラスポーツと言いますが、河合氏が目指される共生社会の実現にどのような影響を与えるのか、貴重なお話を拝聴させて頂こうと思い、いさんで参加しました。

第一部「パラスポーツを通して考える共生社会について」
 まず初めに河合氏は「皆さんは“障害”をどのように捉えていますか?“障害”は、イコール不幸せだと思われていませんか? 障害は、不自由で不便なことがあるかもしれないですが、決してそれは不幸せではないのです。そう思い思わせてしまう環境を作ってしまっていることが、大きな課題だと思うのです。むしろ、社会をより良くするヒントやきっかけを、障害が教えてくれるのではないかと考えると、我々が社会の可能性を皆さんと考えることが、障害と向き合っていくことなのだと思います」と仰いました。

 私は、河合氏のこの発言に、身震いがし、心をわしづかみにされました。
 このみなぎるまでの力強さは、一体どこからくるものなのだろう?
 河合氏の講演が始まり僅か数分ではありましたが、河合氏が放つパワーに圧倒され、河合氏が発する一言一句を聞き逃さぬよう身構えました。

 まず河合氏が題材にされたのは、国際生活機能分類(ICF)の生活機能構造モデルを参照に、障害や障壁というものは個人側にあるのではなく環境(社会)が生み出しているという事案です。
 世界保健機関(WHO)が発表したICFとは、『生活機能』(心身機能・構造、活動、参加)の分類と、それに影響する『背景因子』(環境因子、個人因子)の分類で構成されており、これに『健康状態』(病気、けが等)を加えたものを言います(図2)。

 それぞれの構成要素については、生活機能モデルの図と併せ、ご参照頂きたいと思います。

図02
 図2 生活機能モデル


 ここで、生活機能から障害を捉えた考え方の一例をご紹介します。

 車椅子を使われている方がビルに到着し、上の階に行きたいと思っています。しかしながらエレベーターは見当たらず上に向かう術がありません。
 このような時に皆さんは、上に行けない理由・原因は何だと考えるでしょう。

 この方の足が動かないから
 この方が車椅子に乗っているから
 建物に階段しか設置されていないから。

 私はこの3つの回答が提示された際、「えっ!? どれもが正解では?」と思いました。
 私が優柔不断で回答を一つに絞れないのではなく、どれもが間違っていない、所謂どれもが該当しているのです。

 では、何が違うのか。それは、見方・見解の違いです。

 ①②は共に個人に密着している因子モデルですが、③は環境や社会が因子モデルとなります。
 この建物に、エレベーターやスロープが設置されていれば、どうでしょう。①②の個人因子モデルはなくすことができ、障害であったものが障害ではなくなります。
 このようなことから、障害や障壁は個人の側にあるのではなく社会が生み出しており、個人因子・環境因子の相互作用で大きくも小さくもなるのだと、具体的事例を挙げご説明下さいました。

 視点を変えるだけでこんなにも展望が開けることに感心したと同時に簡単ではないですが、理解さえ出来ればさして難しくはないであろう事例が一人でも多くの方に受け入れられたのなら、より良く、更に生活し易い世の中になるであろうと痛感しました。

「ミックスジュースではなく、フルーツポンチの共生社会を目指したい」

 講演の最後に、河合氏がそう仰いました。
 共生社会とは、共に生きるではなく、共に生かしあえる社会。お互いの個性をすり潰して混じり合うミックスジュースではなく、お互いの良さを生かし合えるフルーツポンチのような社会が、河合氏が目指す共生社会なのだそうです。

 私も実は、ミックスジュースよりもフルーツそれぞれの個性を味わうことが出来るフルーツポンチの方が大好きです(笑)。
 こちらは余談になりましたが、河合氏の熱いハートがひしひしと伝わり、志高い素敵なお話を聞かせて頂き感慨無量でした。河合氏の今後益々のご活躍を応援し続けたいと思います。

第2部「赤と青のガウン~オックスフォードに学んで~」
 そして20分の休憩を挟み、本日は講師も務められます彬子女王殿下が登壇されました。
 演題は、彬子女王殿下が執筆され、2015年に出版された著書『赤と青のガウン』をモチーフにした、『赤と青のガウン~オックスフォードに学んで~』です。
 大変恐縮ながら私は、彬子女王殿下が認められた著書を読んだことがありませんでした。司会者の方からは、出版業界が不況のこの時期に販売数が25万部にもなる著書ですという紹介があり、著書の内容に俄然興味が沸きました。

 私のこの思いを酌んでくださったのでしょうか? 彬子女王殿下は、講演の冒頭に販売数が恐ろしく伸びた経緯、そして著書のあらすじをお話しになられました。
 2015年に出版された著書が、約10年後となる昨今に火が付いた理由、それは“この本が面白い!!”と、どなた様かが呟いたからなのだそうです。そこから出版社の方が文庫版を出すという決断をされ、25万部への軌跡となりました。
 ネット世代あるあるの宣伝効果というところでしょうか。
 そして気になる著書のあらすじは、彬子女王殿下が英国のオックスフォード大学(図3)に留学し、日本美術史を学ばれて博士号を取るまでのご苦労や、留学生活を通して経験した出来事を綴ったエッセイなのだそうです。

図03 イギリス・オックスフォードの街並み(1998年8月 院長撮影)
 図3 院長撮影


 彬子女王殿下は、私にとってのオックスフォード大学への留学はお父様である寛仁親王(図4)から呪文のように聞かされていたため、オックスフォードの恐ろしさは露ほども知ることなく、私もいずれオックスフォ―ドの地を踏むのだろうと朧気に思われていたそうです。

図04
 図4 院長と三笠宮寛仁親王(1986年11月 大津市ホテル紅葉にて)


 怯えを感じることもなく、ご自身が学習院大学の2年生の時にまずは1年間の留学をされました。
 毎日集う食堂でのエピソード、多国籍の友人を得たことで感じたご自身が日本人なのだという実感などが語られました。
 日本に居る間は周りがほとんど日本人であり、“外人”の方が異質な存在です。そのため、取り立てて自分が日本人だと意識することはありませんが、英国では日本人である自分が所謂“外人”になるわけです。

 彬子女王殿下は、英国人ばかりではなく、世界中様々な国の人たちと知り合えたことで、それぞれの文化や言葉、習慣の違いを肌で感じられたと仰っていました。

 数えきれぬ程の四方山話の中で、私が思わず声を出して笑ってしまったエピソードをご紹介します。

 現代のような情報化社会にあって、「日本人は皆お寿司が握れる」とか「リアルにまだ忍者が存在する」とか「芸者にサムライ?」などと、前時代的な偏った日本のイメージがまかり通っていたのだそうです。
 そのようなことからご自身は、日本の代表としてきちんと日本のことを勉強し、正しい知識を持ち、諸外国の人たちに伝えていきたいという気持ちが芽生えたのだと仰っていました。

 些細なことから芽生えた学びの芽は、着実に彬子女王殿下の勉強心に火をつけ、弛まぬ努力を重ねられ、皇族として2人目、女子皇族として史上初となる、海外の大学からの課程博士号取得を果たされました。

 彬子女王殿下は淡々とご自身の留学記をお話しになられる中で、留学経験者は誰もがぶち当たるであろう“英語の壁”についても述べられ、私は深く共感しました。異国にて、英語だけを四六時中耳にしていると、自身の英語力の乏しさに滅入ってしまうのですが、暫くその場を離れ時間を置き再訪してみると摩訶不思議!! 何故か英語を聞き取れている自分に出合う。
 この時の喜びたるや……これは、よく耳にする、あるあるのお話になりますが、まさかの彬子女王殿下からの発言に私が言うのも大変烏滸がましいのですが、とても親しみを感じました。

 あっという間に時間は過ぎ、大画面のスライドにはオックスフォ―ド大学で博士号を取得した者だけが袖を通すことを許される“赤と青のガウン”を見事に着こなす彬子女王殿下が映し出されました。そのお姿は、留学間もない時分に撮影されたお写真とは違い、決して皇室という立場に甘んじることなく、一学生として勉学と研究に取り組み全うされた達成感に満ち溢れていました。

 海外留学というものは、自分の国を客観視することが出来る貴重な機会だと思います。本日の講演を拝聴し、自分のいる日本という国に、また、彬子女王殿下の著書である『赤と青のガウン』に非常に興味を覚えました。

 私は、赤と青のパジャマ程度しか持ち合わせていませんが、是非この聴講を機に、彬子女王殿下の著書を拝読させて頂こうと思います。
 限られた時間ではありましたが、講師のお二方からは生活に密着された、また、貴重な経験をされた興趣が尽きないお話を拝聴することができました(図5)。

図03
 図5 ちゃんと受講してきた証です(笑)

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