3443通信 No.367
『耳鼻と臨床誌』に掲載された論文『三好 彰他:中枢性顔面麻痺の2例. 耳鼻56:65-75, 2010』(耳鼻と臨床会)をご紹介いたします。
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論文『中枢性顔面麻痺の2例』
三好 彰(三好耳鼻咽喉科クリニック)
中山 明峰(名古屋市立大学医学部耳鼻咽喉科学教室)
三邉 武幸(昭和大学藤が丘病院耳鼻咽喉科)
石川 和夫(秋田大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座)
まとめ
中大脳動脈穿通枝領域のラクナ梗塞および脳幹部腫瘍による中枢性顔面麻痺の、それぞれ1症例を報告した。前者は右口角の麻痺を呈したが額の皺寄せは可能で、明確な対側性中枢性麻痺が観察された。後者は左側の同側性中枢性顔面麻痺を呈しており、橋の顔面神経核に至る皮質延髄路の交差後の部位で、病変の影響を受けたものと推測された。
Key words: 中枢性顔面麻痺・放線冠・第Ⅳ脳室底・Dejerineの反回枝
はじめに
三好耳鼻咽喉科クリニック(以下当院)を受診した中枢性顔面麻痺の2症例について報告し、その神経学的所見に関して考察を加えた。
症 例
症 例1:42歳の男性で、既往歴として高血圧が存在、現病歴は以下のようであった。
以前より高血圧治療中であったが、頭痛を訴え内科でMRIを撮影。橋の陳旧性梗塞と副鼻腔炎を指摘され2005年4月16日当院を受診、保存的治療を開始した。MRIで観察された陳旧性梗塞について、自覚症状はなかった。
5月11日夜、右側顔面麻痺と講音障害が出現し、12日脳外科を受診。MRIにて左側放線冠に新鮮梗塞を認めた(図1)。中大脳動脈穿通枝領域放線冠の新鮮ラクナ梗塞と診断され、保存的治療がなされた(図2)。

図1

図2
鼻閉・いびき・睡眠時無呼吸・副鼻腔炎について耳鼻科領域の精査のため、6月14日当院を再受診。当院受診時、12脳神経の所見として、右側中枢性顔面麻痺(図3)に加えて右側軟口蓋のカーテン兆候が認められ、聴力は正常であったが右方へ向かう眼振が観察された(図4)。図3のように右口角の軽い麻痺を認めたが、額の皺寄せに問題はなかった。
また7月22日の当院におけるポリソムノグラフィー検査で、無呼吸・低呼吸指数(AHI)が17.9を示した。

図3 図4
再受診後8月5日にCPAP適合検査を施行し、AHIは1.0に減少した。ただし同月札幌市へ転勤のため、CPAP療法と高血圧・高脂血症・肥満に対する内科的治療を転勤先で継続することになった。なお8月9日の終診時、中枢性顔面麻痺は消失していた。
以上から本症例の症状・所見をまとめると、次のとおりとなる。
高血圧・肥満は以前より存在し、過食の傾向もあったため、内科にて治療中である。
鼻閉・頭痛は副鼻腔炎によるものと判断される。
睡眠時無呼吸は以前より放置されていたものと推測され、肥満と鼻閉が関与していた。
眼振は、放線冠の障害からは発生し得ず、ほかの12脳神経症状も見られなかったことから、橋の陳旧性梗塞に起因しているものと判断された。
中枢性顔面麻痺と軟口蓋のカーテン兆候は、中大脳動脈穿通枝の新鮮ラクナ梗塞による放線冠障害に、その原因を求め得る。
症 例2:発症時34歳の男性で、既往歴に特記事項なし。
1978年8月初旬、めまい感と左側耳鳴にて新潟市民病院耳鼻咽喉科・脳外科を受診。左側軽度後迷路性難聴と佐方へ向かう眼振を指摘される。
同月下旬、転勤にて東北大学長町分院耳鼻咽喉科・脳外科へ紹介された。
1979年1月には複視が出現し、上行性垂直性眼振が認められた(図5)。2月のCTでは第Ⅳ脳室の左側に腫瘍があり、第Ⅳ脳室は右方偏移を示した。
続いて左側顔面知覚低下、そして味覚障害と舌の痺れが出現した。
図6に12月20日の検査結果を示す。
12月25日のABRでは右側正常で、左側はV波のみ観察された。
なお、経過中のCTにおいて腫瘍は増大・縮小を示し、一時的に消失することもあった。
このため病変として、第Ⅳ脳室の脳動脈奇形(以下AVM)もしくは血管腫が疑われた。
同月下旬には、左側の同側性中枢性顔面麻痺が出現し、次いで1980年3月には左側ウインクが不可能となった。
左側感音難聴は高度となり、右側感音難聴も徐々に増悪。眼振は右方向きへ変化し、温度眼振検査は両側無反応となった(図7)。

図5

図6

図7
味覚検査は、鼓索神経領域・大錐体神経領域・舌咽神経領域ともに左側高度障害を呈しており、顔面神経核よりも中枢側の病変による味覚障害であることは、明確であった。
3月中旬に入り、症状の急激な増悪が見られ、CT上も腫瘍による脳幹の圧迫が懸念された(図8)ため、3月18日緊急開頭術を施行、第Ⅳ脳室底のAVMと思われる腫瘍を摘出した(図9、図10、図11)。

図8

図9

図10

図11
術式であるが、後頭蓋窩より小脳後面を露出、小脳虫部を電気メスにて凝固し脳ベラにて左右に分けると、第Ⅳ脳室に到達した。図9に示すように、腫瘍は第Ⅳ脳室底の顔面神経隆起外下方に存在した。腫瘍は一部嚢胞状になっており、摘むと黄色の透明な液体が流出したが、摘出時に出血は見られなかった。
本症例は脳外科を退院後社会復帰を果たし、脳外科のフォローのもと全国各地へ転勤したが、退職後当院近辺に在住することになった。2007年10月には、当院を受診している。その折の検査結果(図12)では、左側高度難聴と右方へ向かう眼振が認められ、温度眼振検査は左側無反応であった。味覚検査は、EGM・ディスク法とも左側全領域で無反応を示した。ETT・OKNは触発良好だったが、歩行に際して杖の使用は不可欠であった。また中枢性同側性顔面麻痺は認められず、本人によれば退院後早期に回復したとのことであった。外転神経麻痺に起因していた複視も、眼科的手術にて矯正されていた。なお脳外科でも経過観察中であるが、血管造影にて異常所見を認めず、現在は脳海綿状血管腫として扱っていると連絡を受けた。

図12
考 察
顔面の表情筋への中枢性運動支配は、皮質中枢であるブロードマンの第4野から皮質延髄路として、放線冠・内包を通過し橋の顔面神経核へ至る神経線維により行なわれている2-4)。これらの神経線維は、皮質・放線冠・内包と同側性に下降し、橋の顔面神経核レベルで交差、もしくはさらに下降した延髄上部でループ状に交差し、対側顔面神経核に至る3),4)。この延髄での交差を、”Dejerineの反回枝(束)”と称する3),4)。このため中枢性顔面麻痺の原因は、①大脳皮質障害、②放線冠障害、③内包障害、④橋病変、⑤延髄病変などに分類できる。
また中枢性顔面麻痺は末梢性の顔面神経麻痺とは異なり、顔の上半分の麻痺は軽度に止まり下半分の麻痺が顕著となる傾向がある2)-4)。これは顔面神経核に分布する皮質延髄路が、顔面上部を支配する部分と下部を支配する部分とに分かれており、前者は交差性および非交差性の両側性支配になっているのに対して、後者は交差性の一側性支配のみになっているため、と説明されている2)-4)。
これに関し、こうした「古典的」な説明を裏付ける形態学的データはないとする文献5)も見られるが、サルに対するHRPを用いた実験ではこの説明が証明されている。
加えて上記の理由から中枢性顔面麻痺では、比較的頻度の高い上記①―③に起因する顔面麻痺においては対側性麻痺が出現する。しかし、ごくまれに同側性中枢性顔面麻痺の症例も前記のごとく実在する。
そしてそれは顔面表情筋の皮質延髄路が、④橋の顔面神経核に到達する直前で交差直後の部位、あるいは⑤延髄へ下降して反回する上行部位、つまり”Dejerineの反回枝(束)”3).4)のいずれかで傷害された場合に発生し得る3).7)。
さて症例1では、当院を受診する以前に橋の陳旧性梗塞が存在した。これは2005年4月14日撮影のMRIにより確認し得るが、この時点では顔面麻痺は未発症であった。
それに対し、5月11日の顔面麻痺発症翌日に撮影されたMRIでは、左側放線冠に新鮮梗塞が観察された(図1)。放線冠は、中大脳動脈領域穿通枝のレンズ核線条体動脈から血液供給を受けており(図2)、 レンズ核線条体動脈の血流不全により梗塞を生じる。左側放線冠の新鮮梗塞像は、その結果生じたものと理解できる。放線冠では、皮質からの運動神経線維がまとまって走行しているが、内包に比較し密とは言えない。四肢の麻痺が明確でなくとも、顔面麻痺の生じる可能性はある。
6月14日の当院再受診時の、右側顔面麻痺(図3)と右側軟口蓋カーテン徴候は、梗塞による上位ニューロンの傷害に起因するものと判断できた。なお、5月12日の講音傷害も同じく放線冠の障害によるものと推測できるが、6月14日の当院再受診時には消失していた。
一方、6月14日の右方へ向かう眼振は、放線冠障害では説明できず、橋の陳旧性梗塞に原因を求めるべきであろう。
症例1に生じたラクナ梗塞とは、穿通枝の閉塞によって脳深部や脳幹に生じる小梗塞巣を意味しており、神経脱落症状の発生した場合これをラクナ梗塞と称する。ただしMRIでラクナの観察された症例の80%は無症状であり、無症候性脳梗塞と呼ばれる。症例1に見られた橋の陳旧性梗塞は自覚症状が欠損しており、無症候性脳梗塞と判断される。ただしその背景となった高血圧性血管病変は、今回のレンズ核線条体動脈の血流不全の原因となったものと理解できる。
症例1においては顔面麻痺消失後も、背景因子である肥満・高血圧・睡眠時無呼吸症候群に対する継続治療は、必要不可欠と考えられた。
症例2は、1978年のめまいと後迷路性難聴を主訴として、発症した。神経耳科学的所見として、めまい・難聴・耳鳴(聴神経、Cranial Nerve Ⅶ, 以下CN Ⅶと略称)、悪心・嘔吐(CN X)、味覚障害(CN Ⅶ・Ⅸ・X)、顔面知覚低下(CN V)、複視(CN Ⅵ)、顔面麻痺と顔面神経麻痺(CN Ⅶ)、嚥下困難(CN Ⅸ・X)を、この順に発症しており、上行性眼振8)-10)や画像診断と合わせて、第Ⅳ脳室底病変との臨床診断がなされた。しかしながら解剖学的理由から、外科的治療決断までに時間を要した。
中枢性顔面麻痺は、手術直前になって明確になってきたが、それ以前より存在した味覚障害の検査結果は、顔面神経核よりも中枢の孤束核に病変の及んでいることを示唆していた11)。また、顔面麻痺も当初は明らかな中枢性であったが、術直前にはウィンク不可になるなど、末梢性顔面神経麻痺の要素も出現した。
こうした経過は、手術所見を確認すると納得でき、腫瘍は第Ⅳ脳室底の顔面神経隆起の外下方に存在した。腫瘍はこの部位で、波はあるものの最終的に増大したために、上記の脳神経症状と孤束核への影響による味覚障害を発生した。加えて顔面表情筋への皮質延髄路を、橋の顔面神経核に到達する直前で交差直後の部位、および延髄へ下降して反回する上行部位で障害して同側性顔面麻痺を生じたものと思われる。そして術直前には、顔面神経核とそこから抹消の顔面神経を圧迫して、末梢性顔面神経麻痺を示したものと判断できる(図13)。

図13
なお今日の常識から考えると、症例2に対する術式の選択には疑問が生じるかも知れない。しかし小脳への損傷の少ない、Seegerによる小脳扁桃を挙上して第Ⅳ脳室に至る技法は、手術のなされた1980年以降に世に問われており12)、同年3月18日のこの時点では止むを得ない手法であった。
また腫瘍の組織型についても結果的に疑問は残り、むしろ嚢胞状変性を伴った血管腫と考えることもできるが、手術の行なわれた東北大学長町分院が廃止されて25年が経過し、当院の記録も保存期間が過ぎている。現実的に、確認は困難を極める。
それに文献的には、AVMや海綿状血管腫など血管奇形には混合型と呼ばれるものも存在し、厳密には区別し難いと言われる一方、臨床的に区別する必要はないとの意見もある13)ことを付け加える。
東北大学長町分院(当時)脳外科の皆さまのお力添えに、深謝致します。
文 献
1) 馬場元毅:I中枢神経系のしくみ. 絵で見る脳と神経 しくみと障害のメカニズム. 第2版. 馬場元毅編, 医学書院, 東京, 2001.
2) 高橋 昭:中枢性神経疾患による顔面筋の麻痺と不随意運動.JOHNS 3:439-444, 1987.
3) 廣瀬源次郎:中枢性顔面神経麻痺.JOHNS 16:395-399,2000.
4) 山本纊子:中枢性顔面神経麻痺の診断と治療のポイントは? JOHNS 24:1825-1827,2008.
5) Crossman AR et al. 第10章 脳神経と脳神経核. 神経解剖カラーテキスト第2版. 野村 嶬 他訳,107-122頁,医学書院,東京,2008.
6) Jenny AB, et al:Organization of the facial nucleus and corticofacial projection in the monkey - A reconsideration the upper motor neuron facial palsy -. Neurology 37:930-939,1987.
7) 山名知子,他:同側の中枢性顔面麻痺と交差性片麻痺を呈した延髄内側梗塞の1例.臨神経 38:750-753,1998.
8) Hirose G et al:Primary position upbeat nystagmus Clinicopathologic study of four patients. Acta Otolaryngol(Stochh)(Suppl)481:357-360,1991.
9) Lee SC et al:Transient upbeat nystagmus due to unilateral focal pontine infarction. J Clin Neurosci 16:563-565,2009.
10) Harada K et al:Role of the prepositus hypoglossi nucleus on primary position upbeat nystagmus. Acta otolaryngol(Stockh)(Suppl)511:120-125,1994.
11) 三好 彰他:中枢神経疾患と味覚障害-脳腫瘍を中心として-.第21回日本医学会総会会誌.490-493頁,第21回日本医学会総会記録委員会編,大阪,1983.
12) Seeger W:Lateral operations in the technical principles.Vol.2,Chapter6,pp 592-679,Springer Verlag,Wien,1980,
13) 宮沢隆仁他:脳幹海綿状血管腫の外科治療.脳神経外科 31:851-866,2003.
(英文抄録)
Two cases of central facial palsy
Akira MIYOSHI*,Meiho NAKAYAMA**,Takeyuki SAMBE*** and Kazuo ISHIKAWA****
*MIYOSHI ENT Clinic,Sendai 981-3133,Japan
**Department of Otorhinolaryngology,Nagoya City University,Nagoya 466-8550,Japan
***Department of Otorhinolaryngology,Showa University Fujigaoka Hospital.Yokohama 227-8501,Japan
****Department of Otorhinolaryngology,Head-Neck Surgery,Akita University,Graduate School of Medicine,Akita 010-8543, Japan
This report presents two cases of central facial palsy caused by lacuna infarction in the perforating branch of arteria cerebri media and a tumor in the brainstem area.The first patient showed palsy on the right side of the mouth.as well as during frowning, which therefore suggested a diagnosis of collateral central facial palsy. The second patient showed ipsilateral central facial palsy on the left side.The central facial palsy suggested a nerve defect beyond the crossing point in the corticobulbar tract before the facial nucleus in the pons.
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