3443通信 No.368
『耳鼻と臨床誌』に掲載された論文『三好 彰他:椎骨動脈の奇形による垂直性眼振の1例. 耳鼻56:33-36,2010』(耳鼻と臨床会)をご紹介いたします。
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論文『椎骨動脈の奇形による垂直性眼振の1例』
三好 彰(三好耳鼻咽喉科クリニック)
中山 明峰(名古屋市立大学医学部耳鼻咽喉科学教室)
三邉 武幸(昭和大学藤が丘病院耳鼻咽喉科)
まとめ
椎骨動脈の一側の奇形のために、下眼瞼向きの垂直性眼振を呈した1症例を報告した。特殊な病態であり、原因の追究は困難であったが、正確な神経耳科学的知識に基づいた所見の把握から、画像診断に結びつけることの重要性を強調せねばならない。反省を込めて、自覚症状をより正確に把握しておく必要性をも痛感した。
Key eords:垂直性眼振、アーノルド・キアリ奇形、椎骨動脈奇形
はじめに
めまいを生じる症例の中に、ときに下眼瞼向きの垂直性眼振を呈する例を見かけることがある。小脳・脳幹の症状と考えられるこの垂直性眼振は、多くが椎骨脳底動脈循環不全の結果と判断されるが、まれに予期せぬ何らかの奇形を見出すことがある。
ここでは、椎骨動脈の奇形のために垂直性眼振を呈した1症例を、報告する。
症 例
症 例:66歳、女性
1995年頃からの左側耳鳴・難聴を主訴として、2002年7月30日に三好耳鼻咽喉科クリニック(以下当院)を受診した。
既往歴として、10年前からの高血圧と、1995年8月2日から1週間、めまい発作にて東北大学耳鼻咽喉科に入院したエピソードを有する。
受診時の所見は、以下のごとくであった。
鼓膜所見に異常なく、聴力像は年令相応であった(図1)が、赤外線カメラ下に左方へ向かう垂直性眼振を観察した(図2)。視標追跡検査は異常なかった。

図1

図2
当院受診後の経過だが、本症例の眼振は徐々に下眼瞼向きの垂直性眼振へと変化してきた(図2)。加えて視標追跡検査も、徐々にsaccadicとなってきた。
それにもかかわらずめまいの自覚は皆無だったため、アーノルド・キアリ奇形など小脳・脳幹の病変を疑い、MRIを依頼した。しかし読影担当放射線科医の回答は、延髄・小脳に異常所見を認めない、との内容であった。
それに対しわれわれは、あくまで小脳・脳幹の病変を疑い、脳外科へ紹介した。
この結果再度画像診断が行なわれ、①C3・C4レベルの頸椎の変形(図3)、および②右側椎骨動脈の低形成とが指摘された。図4は、脳外科の回答後にわれわれが立ち合って撮影しなおしたMRAで、図5に模式図として示したように右側椎骨動脈の低形成が認められる。

図3

図4

図5
考 察
結果的に本症例では、先天性の奇形のために右側椎骨動脈の低形成が存在し、もともと左側椎骨動脈1本で椎骨脳底動脈系の血流がまかなわれていたことになる。
先天性低形成側は、正常側と比べ血流量がより低下している可能性がある。また年齢変化に伴い、椎骨動脈血流量は低下すると報告されている1)。
つまり当院通院中に認められた、水平性から下眼瞼向き垂直性眼振の変化は、①もともと内耳性のめまいが潜在したところへ、②左側椎骨動脈の血流が年齢的要素や頸椎の変形の影響を受けて減少した、③その結果発生したものと推測された。
なお、潜在性めまいの原因と想像される東北大学耳鼻咽喉科入院時のめまいの詳細は、カルテ保存期間が過ぎており残念ながら確認できなかった。
そもそも下眼瞼向きの垂直性眼振は小脳・脳幹の障害に基づくものとされ2)、われわれもアーノルド・キアリ奇形などで観察する3),4)。
しかし、アーノルド・キアリ奇形では原則的に、自覚的めまいを訴えることはない。
本症例では、最終的に小脳・脳幹障害を示唆する下眼瞼向き垂直性眼振を呈したが、当初の眼振は水平性であった。加えた本症例の場合、問診では聞き漏らしたが、その後本人が当院ナースに「そう言えば縦に揺れるような気がする」と漏らしていた。
そう考えると確定診断に至るまでの本症例の問題点は、①垂直性眼振が明確となった時点で、過去の記憶3),4)にとらわれてわれわれがアーノルド・キアリ以外の疾患の可能性を考慮しなかったこと、②それ故に画像診断の焦点が絞りきれず、放射線科側にも無用のバイアスがかかってしまったこと、③その後明らかになった縦揺れ型めまいの自覚を、本人からわれわれが聞き出し得なかったこと、などであろう。
現時点で本症例に対するアプローチを考えるとき、①先入観に捉われず予想外の病態である可能性も予測しておくこと、②画像診断に際してはその意味からMRAも併せて実施しておくこと、③何よりも本人の自覚症状を十分に聴取すること、が重要と思われた。
文 献
1) Nemati M et al:Comparison of normal values of Duplex indices of vertebral arteries in young and elderly adults. Cardiovasc Ultrasound 7:2,2009.(http://www.cardiovascularultrasound.com/content/7/1/2)
2) 坂田英治:平衡機能検査法. Medicina 14:664-671,1977.
3) 三好 彰:Arnold-Chiari奇形にデプレッションを伴い、OPCA疑いとして加療されるに至った1症例の検討. 心身医 25:361-365,1985.
4) Shi H B et al:Sudden hearing loss as a manifestation in a case of Arnold-Chiari malformation. 耳鼻咽喉科 49:S69-S75,2003.
(英文抄録)
A case report of vertical nystagmus due to anomaly of the vertebral artery
Akira MIYOSHI*, Meiho NAKAYAMA** and Takeyuki SAMBE***
*MIYOSHI ENT Clinic, Sendai 981-3133, Japan
**Department of Otolaryngology, Nagoya City University, Nagoya 466-8550, Japan
***Department of Otorhinolaryngology, Showa University Fujigaoka Hospital, Yokohama 227-8501, Japan
This report presents a case of down-beat nystagmus due to an anomaly of the vertebral artery.I t was difficult to identify the cause of nystagmus in this case. It is important to understand the diagnostic theory based on neuro-otological findings before performing MRI. The necessity for an accurate grasp of the symptoms including the meaning of the reflection is thus considered to be important.
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