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3443通信 No.369

 

三好耳鼻咽喉科クリニック ラジオレポート
ラジオ3443通信「ロバート・フォーチュンと紅茶」

図01


 耳・鼻・喉に関する病気を扱う「三好耳鼻咽喉科クリニック」の三好彰院長は、耳鼻咽喉の診療に携わって45年。今回は2015年5月にfmいずみで放送された内容を紹介します。
[An.…江澤アナウンサー、Dr.…三好院長]

ロバート・フォーチュンと紅茶
An.
 前回は、スギ花粉症が中国にも存在することを三好先生が世界で初めて証明した、というお話でした。
Dr.
 おまけに、中国で最初にスギの木を学問的に記載したのは、このOAで過去にも話題にした英国人の「プラントハンター」ロバート・フォーチュン。英国で、ノンアルコールの手軽な飲み物が貴重だった産業革命の時代に…。
An.
 当時の英国人は、ジンやビールを飲んでは精密機械の操作ができず、かといって、テムズ川の水を飲むとコレラなどの伝染病が恐ろしく。適切な飲料が全国的に不足していたんでしたね?
Dr.
 その点、「紅茶」はアルコールが入っていませんし、不潔な川の水も、煮沸消毒によって快適に摂取できました。紅茶のニーズが高まったんです。
An.
 その貴重品であるお茶の輸出国が「清」の国でしたね?
Dr.
 清の国は紅茶を最大の輸出品として大事にしたので、製法や生産現場を英国などほかの国の人には、秘密にしていたんです。輸出はお茶の葉だけで、茶の木そのものは国外持ち出し厳禁。
An.
 当時の中国製の紅茶は、とっても高価だった?
Dr.
 英国にはどうしても紅茶が必要だったんですけれども、中国から紅茶を購入する財源に困ってしまった。当時、国内で生産する物産品だけで経済が成り立つ、大変豊かだった清の国は英国などほかの国々とわざわざ取引をする必要性がまったくなかったんです。
An.
 でも英国は紅茶の葉がどうしても欲しい(笑)?
Dr.
 英国は、多くのプラントハンターを中国に派遣し、なんとしてでもお茶の木を入手しようとしたんです。
An.
 ハンターたちの中で、たった1人、ロバート・フォーチュンが茶の木を手に入れるわけなんですね(笑)?
Dr.
 さすがは1を聞いて10を知る江澤さん。その通りです(笑)。
An.
 その頃の清は外国人の入国は禁止。おまけに今のお話のように、お茶の木の国外持ち出しは厳禁だったはずです。先生、一体どうやってフォーチュンは、茶の木を入手したんでしょうか?
Dr.
 重要なヒントを1つ。江澤さんの大好きなジェームズ・ボンドって、どこの国の人間でしたっけ(笑)?
An.
 英国です。先生、まさか…(笑)?
Dr.
 ロバート・フォーチュンは中国、それも当時の清の商人に変装して、中国内を旅行するんです。江澤さん。ここに、1冊の本があります。
An.
 ええっと、サラ・ローズという米国のジャーナリストの書いた本ですね。タイトルは「紅茶スパイ」。「英国人プラントハンター 中国をゆく」との副題付きです※。先生、ロバート・フォーチュンは植物学者の傍ら、ジェームズ・ボンドみたいにスパイ活動を(笑)?
Dr.
 産業革命により緑地帯が荒れ放題となってしまった経緯については、以前話題にしました。でも、今現在の英国は「ガーデニング」という言葉に象徴されるように、見渡す限り緑地に覆われています。荒地だった産業革命直後の英国に、ガーデニング・ブームをもたらし、現在の緑の英国を作りあげたのが、彼らプラントハンターたちだったのです。

図02
※「紅茶スパイ 英国人プラントハンター 中国をゆく」
 (サラ・ローズ著、築地誠子訳/原書房)

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