3443通信 No.372
紅葉の松島瑞巌寺・円通院ライトアップイベント
院長 三好 彰
2025年11月8日(金)、河北新報トラベルが主催する松島瑞巌寺・円通院のライトアップイベントに参加しました。
昼間の紅葉の映える境内(図1)とはまた違う、普段は入ることのできない夜の瑞巌寺・円通院の雅な雰囲気を写真でお楽しみください。

図1
東日本大震災で被災したスギ並木
瑞巌寺と言えば境内の入口から続くスギ並木が見どころの一つでした。しかし、2011年の東日本大震災の津波によって多くのスギが塩害によって立ち枯れとなってしまいました。現在は新たなスギの植樹を行うための復旧に取り組んでおり、少しだけ見通しの良くなったスギ並木がまた元通りの姿になるのを心待ちにしています(図2、3)。

図2

図3
『奥州の高野』と呼ばれた松島
参道の右側を巡ると、荒々しい岩肌が張り出しているエリアがあります。ここは洞窟遺跡群(図4、5)と呼ばれる場所で、供養場として使用されていたと考えられています。その証左として、洞窟の壁面には供養塔や五輪塔、戒名等が刻まれていたり、また松島が古来より欧州の高野と呼ばれていたことが挙げられます。

図4

図5
絶景に言葉を失くした芭蕉
境内には、かの有名な俳諧師・松尾芭蕉の碑(図6)が建立されています。代表作である『奥の細道』において芭蕉は、松島の余りの絶景に句を詠まなかったと言われており、耳馴染みのある「あぁ松島や…」から始まる句も、同行した弟子が読んだものと言われています。

図6
観瀾亭で一服
瑞巌寺の東、松島湾を臨む海岸沿いに建っている観瀾亭(かんらんてい。図7)では、お抹茶とお菓子のセットを頂くことが出来ます(図8)。
この建物は、もともと豊臣秀吉の伏見桃山城の茶室(図9)として建築されました。それを秀吉から譲り受けた伊達政宗公が江戸の藩邸に移築し、さらに二代藩主忠宗が一本一石も違わぬように命じて松島に移したものです。
それ以来、仙台藩主の姫君や側室などが松島遊覧をする際に宿泊したり、または幕府役人の接待で使われるなど、歴史的にも非常に貴重な建物となっています。

図7

図8

図9
ちなみに施設名にある観瀾とは”さざ波を観る“という意味があり、松島湾に打ち寄せる波を表しています。
敷地内にある見どころの一つだった樹齢800年の大ケヤキですが、2016年に枯れて倒壊してしまいました。いまはその名残である根っこが記念として残されています(図10)。

図10
童謡『どんぐりころころ』を生んだ松島
子どもの頃から「どんぐりころころ~♪』のフレーズで慣れ親しんでいる童謡『どんぐりころころ』ですが、この歌の歌詞を作ったのは松島町出身の青木存義(あおきながよし)さんです。彼は文部科学省の在職中に、故郷である松島を思い描きながらこの歌詞を作られたそうで、歌詞の刻まれた石碑(図11)が遺されています。いったいどこの坂道で、おにぎりを転がしてしまったんでしょうね?

図11
段々と夕暮れへと近づいていくなか、赤色が目に映える福浦橋(図12)から福浦島へと渡り、暮れなずむ松島湾の展望を眺めたり(図13)、松島のシンボルである五大堂(図14)をお参りをするなどしていると、いよいよ太陽が地平線から先に沈んでいきました。

図12

図13

図14
夜の瑞巌寺
いよいよ夜の訪れとともにライトアップイベントが始まります。通常は17:00で閉まる瑞巌寺ですが、このイベント中は21:00まで境内を開放しており、普段は見ることの出来ない夜の瑞巌寺(図15~17)を楽しむことができます。

図15

図16

図17
最初に入館したのは『庫裏(くり)』(図18)と呼ばれる台所です。実用機能を果たすために本来は余計な装飾は施されないのですが、建物正面の多層にわたる梁と束や最上部の唐草模様など、目を引く造りになっています。

図18
続いては『本堂』(図19)です。
法要などが営まれる中心的な区画で、襖の絵は仙台藩最初のお抱え絵師・狩野左京による「松孔雀図」が、部屋をぐるりと煌びやかに囲んでいます。最奥に見える仏間は、本尊である聖観世音菩薩像です。初代藩主である政宗公の位牌が納められています。

図19
政宗公の姿を復元した『伊達政宗甲冑倚像復元像(だてまさむね かっちゅういぞう ふくげんぞう)』(図20)が納められているのは、『文王の間(ぶんおうのま)』と呼ばれる伊達家一門が控えの間として使う部屋です。本物の甲冑は併設されている宝物館に展示されています。

図20
幻想的な雰囲気に包まれている中庭(図21)は、2018年の瑞巌寺落慶法要の折に整備されました。敷き詰められた玉石は松島湾を。そこに浮かぶ島々は松島そのものを形作っています。
ほかにも夜にしかできない闇と光の演出(図22、23)に、参加者たちは驚きや関心の声を上げていました。

図21

図22

図23
つづく
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