3443通信 No.379
「五感を研ぎ澄ます会」参加レポ
秘書課 菅野 瞳

図1
去る2026年5月23日(土)、仙台市太白区秋保町の名所・秋保大滝近くにあるガラス工房「尚」さんで、五感を時ぎ澄ます会が主催のセミナー『蘇る~Renaissance』(図1)が開催されました。
このセミナーの主宰である森岡さんは、昨年、当院院長がお世話になった“ヒプノチャネリング療法”を行うイーハトーヴクリニックにお勤めで、音楽療法や演奏活動にも真摯に取り組まれています。
英国公認音楽療法士である森岡さんは、2023年からこれまでに全国各地で音楽会を重ねてこられ、今回の仙台での音楽会は、その記念すべき第10回目となります。
「この音楽会は、院内で誰よりも五感が研ぎ澄まされている君に、ピッタリだねぇ!」と、院長。そんなお墨付きを頂いては、クリニック代表として更なる五感磨きに出向かないわけにはいきません。
森の中の小さな美術館
クリニックから車を走らせること50分。仙台市内からは一番近い温泉地であり、何度となく足を運んでいる秋保エリアですが、観光客でにぎわう温泉街を通り過ぎ、秋保大滝は目と鼻の先というエリアまで来ると周りの景色は一変します。
本日の会場であるガラス工房『尚』さん(図2、3)は、山あいの景色に溶け込むように佇み、ギャラリーとカフェが一体になった空間は、小さな美術館のようです。

図2 図3
会場に足を踏み入れた瞬間、静かな空気とガラスのきらめきに包まれ、思わず、なんとベストマッチの場所だろう!と心の中で呟きました。静かな対話を促すようなガラス工房『尚』さんの雰囲気と五感を研ぎ澄ます会の趣旨が、これ以上ないほど自然に溶け合っているのを感じ、今から始まるひとときに胸が高鳴りました。
伊達家のご先祖にあやかって
本日の公演は、休憩を挟み全3部構成になっています。
第1部は『承応二年・1653』からスタートです。あれ? 本日の公演は、森岡さんのバイオリン演奏と、玲子さんの本場仕込みのフランス語の朗読がメインの筈では…・・・?
こてこての、しかも日本の歴史に遡るタイトルを目にし、頭の中に疑問符がチラつきました。実は、第1部の演奏を『承応二年・1653』に据えたのには理由がありました。
本日のプログラムと共に添えられた資料には、森岡さんのご先祖であり、仙台藩主・伊達政宗公の家臣でもあった大越茂世氏が、自らを馬上の姿で描いた自画像の掛け軸を、数年前にご家族から仙台市博物館へ託したことが記されています。その自画像が描かれたのが、まさに承応二年、西暦1653年。約400年の時を経て、遺品が故郷・仙台へ帰ってきたこの年への思い入れを重ね、本公演の幕開けにふさわしいタイトルになったのだそうです。
この時代と同じ頃に作曲された作品を中心に構成され、まずは皆さんもよくご存じの曲、ヨハン・パッヘルベル作曲『カノン』の演奏からスタートです。いつの時代にもすっと心に溶け込むカノンの音色に寄り添うように、玲子さんが朗読されるのは、中世の大聖堂を築いた人々の心を後世の人々が仮託して紡いだとされる祈り『大聖堂を築いた人々の祈り』です。
完全を求めながらも、決して完全には届かない人間の謙虚さが、静かに美しく表現されています。
なかでも「Garde en moi」という一節の柔らかな響きが深い印象を残し、いつまでも耳の奥に残りました。
涙が静かにこぼれ落ちる瞬間を描いたような曲『Flow my tears』、イングランド民謡で、単純で素朴なのに、どこか古い教会音楽にも似た、少し祈りを感じさせる曲『Scarborough Fair』と続き、第1部の最後の曲は『Ave Maria』です。
代表的なものだけでも幾つかの同名曲がありますが、カッチーニ作によるこの曲は、静かな伴奏のうえに、祈りの言葉が一筋の光のように立ちのぼっていくようで、深い悲しみや不安をそっと受けとめながら、柔らかな慰めへと導いていくような旋律が、とても印象的でした。
続いて第2部のタイトルは『Morceaux d emotions(感情のかけらたち)』です。玲子さんが選ばれた朗読は『Le Petit Prince 星の王子さま21章より』です。
第2部では、皆さんに馴染みのある曲を選ばれ、久石譲氏作曲の3曲(アニメ『となりのトトロ』より『風のとおり道』、『ハウルの動く城』より『人生のメリーゴーランド』、『天空のラピュタ』より『君をのせて』)が演奏されました。
3曲を続けて耳にすると、記憶の中にある夏らしい風景とともに、切なさや愛しさが静かによみがえってくる感覚をおぼえました。
森岡さんも仰っていましたが、音楽には時代を戻してくれる力があり、まさに音のタイムマシーンのように、あの夏の一瞬へと心が連れ戻されました。久石譲ワールドの後は、ちょっと趣向を変えた曲を…・・・ということで『Hymne a lamour』愛の讃歌です。愛の讃歌といえば、日本では結婚式や披露宴で歌われる、祝福と希望の愛の歌として知られていますが、原曲は事故死した最愛の恋人への想いを綴った曲で、喪失と執着、死をも越えようとする愛の歌になっており、愛の哀しみと喜びを一身に宿す曲です。
思えば私は、ヴァイオリン演奏での愛の讃歌は初めてかもしれません。聞き慣れた歌詞がない演奏でありながら、ただ一本の弦が震えるたびに、深い愛の想いが膨らんでいくようで、その豊かな音色の響きと、いつまでも消えずに漂う細い糸のような余韻が、たまらなく心に沁み入りました。
前半部の締めくくりを飾ったこの曲は、私の大好きな一曲ということもあり、思わず本日一番の拍手を送りましたが、会場もまたそれに呼応するように、拍手喝采に包まれていました。
美味しい小休止
ここで15分間の休憩を挟み、いよいよお待ちかね、お楽しみのスイーツタイムです。
玲子さんが、フランスママンのレシピで作られたスイーツは、厳選された小麦粉、砂糖に卵、バターを使い焼き上げたパウンドケーキ(チョコ・レモン)に、さくさくホロホロ食感が特徴のサブレ(バニラ)です。パウンドケーキに目がない私は、ひと口でぱくつきたい気持ちをぐっと堪え、ひと口またひと口と味わいました。気取った華やかさというより、素材の風味を生かした素朴な美味しさが静かに広がる、家庭的なスイーツでした(図4)。

図4
本日の最終章である第3部のタイトルは『Renaissance~再生・復活』です。このタイトルに玲子さんが選ばれた朗読は『アメイジング・グレイス』。至上の愛と言う意味のトラディショナル・ソング(伝承歌)です。静かな声で紡がれる玲子さんの朗読は、そっと寄り添ってくれるような、温かみのある語りでした。
第3部の始まりの曲は、日本を代表するヴァイオリニスト・葉加瀬太郎氏が作曲した『エトピリカ』です。情熱大陸のエンディングとしてもおなじみで、情熱的で伸びやかな音色と、歌うようなメロディづくりが持ち味の葉加瀬氏らしい一曲です。
葉加瀬太郎氏のCDを愛聴している私は、是非次曲には情熱大陸を! Another skyを!と、密かに期待してしまいました(笑)。
『エトピリカ』を堪能した後は、シチリア風舞曲である『Sicilienne(シシリエンヌ)』です。
曲に入る前、森岡さんと玲子さんとの間で、とてもユニークな会話が交わされました。本日の演奏会に「一曲くらいはフランスの曲を入れようかなと思ったのよ!」と森岡さん。
玲子さんへのお気遣いに?(笑)会場内には笑いが起こりました。この曲は、牧歌的でどこかはかなく物悲しい旋律は、たゆたうように流れていく、抒情豊かな一曲でした。
続いての曲は、森岡さんの腕の見せ所ですと言っても過言ではない、無伴奏ヴァイオリンの曲『Sonata No.1 Presto』です。一人で弾いているのに、和音や重音を駆使し、まるで何人もの音が一度に鳴っているように聴こえます。細かな音型が息つく間もなく駆け抜け、無伴奏とは思えない迫力のある一曲でした。思わず、演奏を終えた森岡さんに、お疲れさまでした!と声をかけたくなるような演奏でした。
そして本日の演奏会のトリを飾る曲は、先程玲子さんが朗読された『アメイジング・グレイス』です。森岡さんの優しいお気持ちが、ヴァイオリンの音色にのりうつったかのように、伸びやかな旋律の中に深い叙情感が宿り、静かな感動が胸に広がりました。やはり音楽はいいなぁ~と、本日の会の余韻に浸っていると、ここで嬉しいサプライズがありました。
森岡さん曰く「玲子さんは黒猫さんっぽいイメージがありますよね?」という一言から、少し無茶ぶり気味のアンコールとして演奏された曲は、ミュージカル『キャッツ』より『メモリー』です。
いやぁ~もう正直、言葉にならないひとときでした。目を閉じてこのままずっと聞き入りたくなり、森岡さんが奏でる一音一音が、とてもいとおしく感じられました。この記事を書きだした今でも、鮮明に思い出せる素敵な演奏の時間でした。満ち足りた時間だったからでしょうか。気がつけば、演奏会はあっという間に終演の時を迎えていました。
森岡さんが奏でる音楽に耳を澄ませて聴覚が、玲子さんのスイーツを味わうことで味覚が、都会の喧騒とは離れた新緑の香りに包まれて嗅覚が、そして窓から差し込みガラス細工に反射する神々しい光を眺めて視覚が、更に森の静けさを肌で感じて触覚が研ぎ澄まされ、間違いなく私の五感は研ぎ・研ぎ・研ぎすまされたことでしょう。研ぎ澄まされた五感のせいか、いつも見ている景色さえ少し違って見え、自分自身の感性も一段深まったように感じました。不思議な高揚感と、ひとまわり大きくなったようなパワーアップを感じる、心から満たされた演奏会でした(図5)。

図5