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みみ、はな、のどの変なとき

65 エピソード13「スギ花粉症と大気汚染」

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先にも述べたように、スギ花粉症の増加の原因として⼤気汚染を挙げている論⽂は、実は世界中で2系統の学派によるそれしか存在しません。その1つは東京⼤学物療内科のグループで、有名な⽇光のいろは坂における交通量増加とスギ花粉症増加の相関について、記しています。このグループによる⼀連の論⽂では、スギ花粉症増加と⼤気汚染との関連を、次のように論じています。

①⽇光街道には杉の⼤⽊が江⼾時代から存在していたのに、スギ花粉症の激増は⼤気汚染の進んだ最近のことである。②スギ花粉症の頻度には地域差があり、重要国道である⽇光杉並⽊周辺の住⺠に多発する傾向がある。③スギ花粉降下量の等しい⽇光の複数の地域の⽐較では、交通量の多い地域のスギ花粉症発症が多い。④これらの事象から、スギ花粉症増加の背景に⾃動⾞の排気ガスの影響が想像できるが、マウスの実験ではディーゼル排出微粒⼦と混合したスギ花粉は、アレルギー反応を増強する。⑤これらの結果から、ディーゼル排気ガスなどによる⼤気汚染は、スギ花粉症増加の原因となっている。
 けれどもこれらの論拠は、実は⼀つひとつ反論が可能です。

①については、スギ花粉症の激増は花粉を⾶散させ得る樹齢30年以上の杉が、1980年前後に増加したことが原因と考えられます。⼤気汚染と、直接の関連は薄いのではないでしょうか。

②③はそれこそ、⾞両通⾏量の多い地域ほど⼀旦地⾯に落下した花粉が巻き上げられて、⼆度三度と繰り返し⼈の⿐粘膜に触れるためでしょう。

④は先にも触れたように、動物実験と実際との差もあるでしょうし、実はこの実験に使⽤された試液の濃度が実際にはあり得ない⾮常な濃さだったという事実も、指摘されています。

そして⼤気汚染とスギ花粉症増加について、その関連を主張しているもう1つのグループは、慈恵医科⼤学⽿⿐咽喉科のグループです。このグループは1980年の論⽂で、東京と岩⼿においてHD・ブタクサ・スギに対するアレルギーの検査を施⾏し、⼤気汚染地区と考えられる東京において⾮汚染地区と仮定される岩⼿よりも、アレルギーの頻度が⾼かったとしています。しかしこの論⽂では奇妙なことに、HDとブタクサについては両地域の陽性率が明記してあるのに、スギのデータはまったく記載されていません。

さらにこの1980年論⽂の原本と表現できるのでしょうか、より詳細な調査成績が掲載されている1979年の論⽂には、「検査に使⽤したアレルゲンは室内塵(HD)とブタクサ花粉であり、この両者による⿐アレルギーの頻度は我国において1・2位を占めており…… 」と書かれてあります。つまり、スギについてはまったく実施されていません。しかも前述のように、東京で陽性率の⾼いのはHDであって、ブタクサはむしろ岩⼿の被験者の陽性率の⽅が⾼いのです。
 これらの事実から判断する限り、慈恵医科⼤学⽿⿐咽喉科の調査結果は実際には以下のようなものであったのではないかとの、疑問が⽣じます。

①慈恵医科⼤学のグループは実際には、スギ花粉についての疫学調査は実⾏していなかったのではなかろうか。1979年論⽂に明記してあるようにHDとブタクサについてのみ、実施した可能性が⾼い。

②しかも、⼤気汚染地区とされる東京において頻度の⾼いのは、HDのアレルギーである。前述のように、これは⼤気汚染よりも住宅内のダニの増加の反映であろう。ブタクサに⾄っては⾮汚染地区の岩⼿の陽性率の⽅が、東京より⾼い。ここでは⼤気汚染による花粉症増加説は、まったく成り⽴たない。

それにしても、いったいどうして慈恵医科⼤学のグループは、スギ花粉症について疑惑を持たれるような論⽂の記載をしたのでしょう。
 それは1979年論⽂の、「検査に使⽤したアレルゲンは室内塵(HD)とブタクサ花粉であり、この両者による⿐アレルギーの頻度は我国において1・2位を占めており」という記載に、答が隠されているような気がします。なぜなら1979年春にスギ花粉の⼤⾶散が起きるまで、⽇本ではスギ花粉症は⽿⿐咽喉科外来診療では、問題にならないくらい数が少なかったのです。

けれどももちろん1979年以降は、スギ花粉についての検査無くして花粉症を論ずることはできません。その結果慈恵医科⼤学⽿⿐咽喉科のグループは、スギ花粉についても調査を実施したかのような記載をせざるを得なかった。そうしなければ、時代からとり残される恐れがあった。それがつまり、1979年論⽂とは内容の異なる1980年論⽂となった。そう、推測せざるを得ないのです。

それに1980年当時は、公害が社会問題となっており、実証よりも先⼊観として⼤気汚染が悪者という⾵潮があったのも、事実です。

私は、この私の推測が邪推に終わることを願っていますし、そのためにこうした疑惑が消滅するよう、お互いの調査の⽣データ公開を呼び掛けて来ました。けれども残念ながら慈恵医科⼤学のグループには、現時点ではこの提案を受け⼊れてもらっておりません。
 なぜ正々堂々と対応しようとしないのか、疑念は膨らむのみです。
 ともあれ、スギ花粉症増加の原因が⼤気汚染であるとの説は、まだ証明されていない仮説に過ぎず、提唱された原点に⽴ち戻って議論する必要があります。この事実を、少なくとも本書をお読みの皆様にはご理解頂きたいと思っています。

 

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