3443通信3443 News

 

みみ、はな、のどの変なとき

64 大気汚染によるアレルギー増加説

前話  目次  次話

 

さてそれでは、アレルギー性⿐炎や花粉症の増加したもう⼀つの要因と推測されている、媒体としての⼤気の条件悪化は、どのようにアレルギー増加にかかわっているのでしょうか。

⽇光市で⾏なわれたスギ花粉症の調査では、1970年代から年々花粉症の増加が観察されています。そしてその増加は、いろは坂における⾞両の通⾏量増加に⽐例していたのです。加えてスギ花粉症は、杉だらけの⼭の中よりも国道沿いの⽇光杉並⽊の周辺で、⼀層多発する傾向が⾒られました。
 研究に携わった東京⼤学物療内科のグループは、⾃動⾞ことにディーゼル⾞の排ガスが⼤気汚染をもたらし、スギ花粉症増加につながったものと考えました。
 そこで彼らは、ディーゼル排気物質とスギ花粉とを混ぜてマウスの腹腔に注⼊し、アレルギーの特徴である抗体の産⽣が多くなることを確認しました。
 この結果から、ディーゼル排気物質はアレルギー反応を増強するものと、想像した訳です。

⼀⽅、東京都と岩⼿県でアレルギー性⿐炎の調査を実施していた慈恵医科⼤学⽿⿐咽喉科のグループは、前者を⼤気汚染地区、後者を⾮汚染地区として、ブタクサとハウスダスト(HD)に関するアレルギー検査の結果を⽐較しています。そして、ことにHDについて東京の被験者の陽性率が岩⼿の被験者よりもかなり⾼いことから、⼤気汚染がアレルギー性⿐炎を増加させたと結論しました。

けれども良く考えると、この結果は少しヘンです。
 スギ花粉は、⼤気内を浮遊する物質の⼀種と考えられます。こうした空中浮遊物質は汚染された⼤気と混じり合いますから、ディーゼル排気物質の影響を受け、アレルギー反応を強く起こす可能性があります。
 けれども家屋内に存在するHDと⼤気汚染との接点は、余り無いはずです。果たしてダニやHDのアレルギーの場合、⼤気汚染の影響を受けることがあるものでしょうか?

そこで私たちは北海道⽩⽼町の調査で、製紙⼯場があって⼤気汚染の⾒られる地域と、競⾛⾺産地として知られる空気のきれいな地域、そして農業や漁業が主のやはり空気のきれいな地域の3ヶ所について、アレルギーの頻度を⽐較しました。
 するとこれらの地域間では、まったくアレルギーの頻度に差が⾒つからなかったのです。

ただ⽩⽼町は、スギ花粉がほとんど⾶散していません。アレルギーの原因は、ダニかHDです。すると、これら屋内のアレルゲンは空中浮遊物質ではありませんから、スギ花粉と異なり⼤気汚染の影響を受けにくいものと考えられます。
 ですから、少なくともダニやHDによるアレルギー疾患の増加は、⼤気汚染が原因ではありません。
 以前お話ししたように、⽇本⼈のアレルギー性⿐炎の半分近くはスギ花粉がアレルゲンですが、残る半分はダニやHDが原因となっています。ですから⽇本⼈のアレルギー性⿐炎の少なくとも半分は、⼤気汚染のために悪化しているのではないことが判ります。

東京都と岩⼿県を⽐較して、前者でHDのアレルギーが多いとした研究結果は、東京都における⾼気密⾼断熱住宅の普及と、その結果としてのダニやHD増加の反映である可能性を、否定できません。
 それに実はスギ花粉症についても、⽇光での研究結果以外、⼤気汚染と花粉症の頻度との間に、明らかな関係を⾒出だしたと主張する報告はなく、世界的にも⼤気汚染説が⽀持されているとは⾔い難い状況です。
 そんな⽬で、最初に報告された⽇光における研究結果を⾒直すと、意外な推測が成り⽴ちます。

つまりこの報告では、いろは坂の交通量の増加とスギ花粉症の増加とは、⽐例すると書いてあります。また、交通量の多い杉並⽊の近くで花粉症が多発する、とも報告されています。
 すなわち交通量がスギ花粉症の増加に結び付いているのが報告の⾻⼦で、ディーゼル排気と花粉症の相関は想像に過ぎないのです。 確かにマウスの実験で、ディーゼル排気物質にアレルギー反応増強作⽤が証明されていますが、実験と実際とは往々にして異なるものです。
 ⽇光の花粉症増加も、交通量が増えて地⾯に落ちた花粉を再び巻き上げた。そのために花粉の⾶散量そのものが激増した、その結果とは考えられないのでしょうか。

もっともこの推論を断⾔する前に、⼀つ⼤切なことを確認しておかねばなりません。
 それは花粉やダニなどアレルゲンが増加すると、アレルギーもそれにつれて増えるかどうかという問題です。それを証明するためには、以下の事実を確認する必要があります。 第⼀に、アレルゲンに曝される暴露の量もしくは暴露時間が増えれば、アレルギーの頻度も増加していること。第⼆に、アレルギーの頻度の増加は、異なった被験者を対象とした調査だけでなく、同⼀の⼈間の経時的変化を追跡して確認してあること。

第三に、逆にアレルゲンの暴露量が減少すると、アレルギーの頻度も少なくなること。 以上の3点です。

第⼀の問題については、北京の協和医科⼤学アレルギー科の顧教授のデータがあります。顧教授は、寧夏というヨモギの多い地域に、他の地域から軍隊として定住するようになった被験者のアレルギーの頻度を調べています。
 すると当初0.03%であった被験者のヨモギ花粉症の頻度が、7年後には100倍の3%にまで増加していたのです。

私たちの⽩⽼町や栗⼭村における⼩中学⽣に対する調査でも、被験者の年齢が上昇するほどアレルギーの頻度は増加していました。つまりアレルゲンの暴露時間が⻑いほど、アレルギーは増加するらしいのです。

第⼆の課題について私たちは、3年ごとに9年間連続して⾏なった⽩⽼町の調査で、それを確認しています。
 3回とも調査を受けた被験者を⾒ると、成⻑とともにアレルギーの頻度が明確に増加していたのです。

第三の点については、私たちの共同研究者の中村晋・元⼤分⼤学教授が在学⽣を対象に、1年⽣の時点と4年⽣になってからのアレルギー調査で、変化を確認しています。この結果、ほとんどの被験者で1年⽣のときよりも4年⽣になってからの⽅が、アレルギーの頻度は⾼いことが判りました。ところが、それにも関わらず、冷夏の翌年でスギ花粉⾶散のすごく少なかった1994年春の調査では、4年⽣のアレルギーの頻度が1991年の1年⽣時より低かったのです。
 アレルギーの頻度は、アレルゲンの暴露量と暴露時間の影響を受けていることが、これらから理解できます。

話をもとに戻すと、いろは坂など⽇光におけるスギ花粉症の激増は、アレルゲンとしてのスギ花粉暴露量もしくは暴露時間に関係しているらしいことが、推測できる訳です。そしてその暴露量あるいは暴露時間の増加は、先に述べたように⾞両の通⾏量増加による花粉の再⾶散の影響を、無視はできないように思われます。

 

関連リンク
 ・花粉症の方へ
 ・エッセイ「アレルギー性鼻炎と大気汚染」(2021年2月 No.312)

 

前話  目次  次話

[目次に戻る]