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みみ、はな、のどの変なとき

63 アレルギーの増加と寄生虫の減少

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アレルギーが近年増えた原因として、3つの要因が考えられると始めに書きました。それは、第⼀にアレルゲンの増加、第⼆に栄養条件の変化で⼈体内の抗体産⽣能⼒が⾼まったこと、第三にアレルゲンを⼈体まで運ぶ媒体としての⼤気の条件悪化です。

それに加えて最近、回⾍など寄⽣⾍感染の減少がアレルギー疾患を増加させたという説が提唱されました。
 その根拠は、①少なくとも試験管の中では回⾍はアレルギー反応を抑制する物質を分泌している、②1949年には63%だった⽇本⼈の回⾍感染率が1990年代には0.02%にまで激減した、③回⾍感染率の減少にちょうど相反するようにアレルギー疾患が増えた、の3つとされます。

実際、⽇本⼈の国⺠病とさえ⾔われるスギ花粉症について⾒てみると、⼈体の⾎液中のスギ花粉に対する抗体の平均値を、1973年と10年後の1984〜85年とで⽐較した研究では、抗体値は約4倍に増加しているとされます。
 それに対してニホンザルでは、この40年間寄⽣⾍感染率は不変で、そのためかやはりこの20年間スギ花粉に対する抗体値は不変なのです。

寄⽣⾍がアレルギーを抑制するメカニズムですが、寄⽣⾍も⼈体に対して異物ですからアレルギー反応を⽣じます。そのアレルギー反応が余りにもすさまじいので、寄⽣⾍感染のある⼈の体内に今更ダニや花粉が⼊っても、それにアレルギー反応を起こしている余裕が無い、とこの説では説明されています。

けれども世界各地の論⽂を⽐較してみると、決してこの論法で説明できることばかりではありません。
 例えばエジプトにおける調査では、気管⽀喘息の患者で寄⽣⾍感染との関連を調べていますが、寄⽣⾍感染が強くてアレルギーの指標となる抗体値がすごく⾼い症例でも、喘息の発作は抑制されていません。
 それにご存じのように寄⽣⾍感染があると、寄⽣⾍に栄養を吸い取られ⼈体の栄養はとても悪くなります。⼈体は、異物に対する過剰防衛どころでなくなり、アレルギーも発症しにくくなるかも知れません。つまり栄養が悪いからアレルギーが⽣じないのだ、との説明もできます。

そこで私たちは、実際にアレルギー性⿐炎の疫学調査を実施したそのデータから、アレルギーと寄⽣⾍感染との関連を検討しました。
 その私たちのアレルギー性⿐炎に関する疫学調査からは、話題の「寄⽣⾍によるアレルギー抑制説」とは⽭盾する、いくつかの事実が判明しています。

第⼀に私たちは1989年より、毎年北海道⽩⽼町で⼩中学⽣を対象に調査を実施していますが、寄⽣⾍感染率がすでに0.02%に低下しているこれら⼩中学⽣において、毎年アレルギーの陽性率は増加しつつあります。この増加傾向は、こんなに低い寄⽣⾍感染率からは、説明が不可能です。

第⼆に、私たちは栃⽊県栗⼭村でも同様の調査を⾏なっていますが、⽩⽼町、栗⼭村ともアレルギーの陽性率は年齢の上昇とともに著しく増加するのです。
 確かに寄⽣⾍感染率は、⼀般的に年齢上昇とともに低下するとされますが、感染率がわずか0.02%しかないこの⽇本で、それよりもごくわずか感染率が下がっただけで、アレルギーがそんなに著明に増加するものでしょうか?

第三に私たちは⽇本国内だけでなく、中国でも調査をしていますが、アレルギーの陽性率は⽇本の被験者で⾼く中国の被験者では低いのです。

例えば中国の⼩中学⽣のアレルギーの陽性率は30%前後、そして⽇本の同年令の被験者のそれは40%前後です。これが寄⽣⾍感染率の差によるものかどうか、私たちは中国で検便を試みました。
 すると中国の⼩中学⽣の寄⽣⾍感染率は、⽇本の0.02%に対して0.08%であるに過ぎませんでした。
 中国でも10年前までは寄⽣⾍感染率は63%もあったのですが、近年国家規模の寄⽣⾍撲滅キャンペーンが⾏なわれ、激減したのです。
 ⼩中学⽣に引き続き南京医科⼤学でも、在学⽣を対象に同じ調査を実施しましたが、寄⽣⾍感染のある被験者でもアレルギーの検査は陽性反応を呈していました。つまり寄⽣⾍は、アレルギーを抑制しないのです。

私たちのこの報告は注⽬を集め、同じ⽅法で結果を確認する追試がいくつか⾏なわれました。
 こうした「寄⽣⾍によるアレルギー抑制説」の⽭盾は、実は私たちの調査を待つまでもなく、これまで公表されているデータからも指摘できます。

例えば、⾎清中のアレルギーの抗体値を1973年と1984〜85年で⽐較した、前述の国⽴感染症研究所の井上栄・感染症情報センター⻑の研究があります。
 この研究によると、73年の時点で被験者の⾎清中の抗体値全体もスギ花粉に対する抗体値も、それほど⾼くありませんでした。それに対して、84〜85年のスギ花粉抗体の値は73年のそれに較べて4倍以上の⾼値を⽰したのですが、抗体値全体はさほど⾼くありません。寄⽣⾍説は、寄⽣⾍が感染すると全体の抗体値が異常なまでに⾼くなり、今更スギ花粉などが体内に⼊って来てもそれに対して反応している余裕は無い、というストーリーでした。

その説に従うと73年の抗体値は、とても考えられないくらい⾼い値を⽰さなければならないはずなのですが。

また寄⽣⾍説は、寄⽣⾍感染率の変化していないとされるニホンザルを⽐較の対象にしましたが、被験者(被験サル?)の選定が厳密ではないので、結果も厳密さに⽋けます。この寄⽣⾍説は、最初からそんな齟齬に満ちていました。

さて、寄⽣⾍感染とアレルギーの関係を調べた私たちの疫学調査についての、追試の結果です。
 当時の科学技術庁のスギ花粉症研究班では、宮崎県と⿅児島県でブタ回⾍の感染例に対して調査を⾏ないました。その報告では、ブタ回⾍はアレルギーを抑制させるどころか、増悪させるという内容でした。
 また南⽶エクアドルで、私たちとほぼ同じ内容の調査を⾏なった⼭梨医科⼤学⽿⿐咽喉科のグループは、寄⽣⾍説に否定的な結論を出しました。

実は私たちの最新のデータからも、寄⽣⾍はむしろアレルギー反応を促進させているのではないか、との調査結果が得られています。
 考えてみれば回⾍が⽇本で減少したのは、戦後の⾷糧難を下肥と家庭菜園で乗り切った時期が終わり、下⽔道が普及したからです。
 下⽔道普及は、平屋建て住宅の減少と1950年代のビル建築ブームによって推進されました。ビルブームはアパートやマンションの建設につながり、⾼気密⾼断熱住宅の増加をもたらします。以前触れたように⾼気密⾼断熱住宅は、これまでの局部暖房・間⽋暖房の⽇本⼈の⽣活習慣では、室内の湿度を上昇させダニを増加せしめます。その結果、ダニのアレルギーも増えて来るのです。

⼀⾒、寄⽣⾍の減少がアレルギーの増加をもたらしたように⾒えなくはないのですが、実際は直接の関連性に乏しいみたいです。

 

関連リンク
 ・花粉症の方へ
 ・エッセイ「本当に”清潔はビョーキ”か?」(2021年4月 No.314)

 

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