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みみ、はな、のどの変なとき

102 咽頭腫瘍

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”前癌状態”という⾔葉の、流⾏語になった時期があります。正式な医学⽤語という訳でもなく、その時まで⼀般的とは⾔い難いセリフだつたのですけれど。その時というのはつまり、故・池⽥⾸相の⼊院のときのことです。

所得倍増計画で有名な故・池⽥⾸相は、東京オリンピックやIMFなど重要⾏事を控えて、嗄声のために⼊院となりました。病名は下咽頭癌。しかし事態の重⼤さを考慮した医師団は、病名をこう発表したのです。「現在は前癌状態で、放置すれば癌になる」と。実は故・池⽥⾸相は、⼊院の時点でかなり進⾏した下咽頭癌だったのです。

下咽頭癌が、そんなにひどくなるまで⾒つからなかったのには、訳があります。もちろん⼀つには、故・池⽥⾸相が超多忙の⾝だった、という事情がありました。加えて、もともと彼はいかにも政治家らしい太い声の持ち主だった、との事実も災いしました。しかしもっとも重要なのは、下咽頭が部位的にきわめて直視しにくい場所で、この部位の病変はとても⾒つかりにくい、という理由です。
 もちろん⾒にくいのは、下咽頭だけではありません。これまでお話しして来た⽿⿐咽喉科領域の疾患は、すべて⽿⿐科医以外には観察の難しい、解剖学的位置関係にあります。けれどそれらの中でも下咽頭は、視診の困難さで1・2を争います。

ですから下咽頭癌は、すごく発⾒が難しいのです。嗄声が出現したりのどの違和感を覚えたりする⽅がおられたら、早めの⽿⿐科医受診をお勧めする所以です。そう、”前癌状態”にならないうちに。

なおこの池⽥⾸相の下咽頭癌死は、社会的に⼤きな反響を呼びました。前述の前癌状態という⾔葉が、⼤流⾏語になりました。それに⽿⿐咽喉科領域では、先にご説明した咽喉頭異常感症が極端に増加しました。のどがちょっとでもヘンになると、⾃分も時の⾸相と同じく下咽頭癌ではないかと、⼼配になるらしいのです。その気持ちはしかし、良く判ります。

⽿⿐咽喉科領域で、下咽頭に次いで観察しにくい部位に、上咽頭があります。ここは前にも触れたように、⼝蓋垂(のどちんこ)の陰です。⾒にくい、ということは容易に想像して頂けることと思います。この上咽頭にも癌のできることがあって、これまた⽿⿐科医以外には発⾒が困難です。
 おまけに上咽頭癌は、本体が⼩さいうちから頚部リンパ節に転移を⽣じ易く、まずのどの脇(側頚部)にぐりぐりというしこりができてから、その原因を探す。そんな経過となりがちで、これはそのまま⼿遅れに繋がります。側頚部のしこり、つまりリンパ節腫脹は炎症だけでなく、咽頭癌の転移の可能性もあることを頭に⼊れておいてください。

なお、この上咽頭癌では頚部リンパ節腫脹と並⾏して、癌が咽頭後上壁を破壊し脳内へ進展することがあります。すると、複数の脳神経症状が表に出ることがあり、これまた上咽頭癌の正体隠蔽につながります。
 側頚部のしこりが⾒つかったら、何はともあれ⽿⿐科医にご相談頂きたい、そう思います。

やはり、⾃分の健康管理はご⾃⾝が主⼈公ですから。そして主治医は、遠慮無く気軽にご利⽤くださいね。

 

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