3443通信3443 News

2024年4月 No.350


耳のお話シリーズ29
「あなたの耳は大丈夫?」7
~大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授・元学長)の著書より~

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 私が以前、学校医を務めていた聴覚支援学校。その前身である宮城県立ろう学校の教諭としてお勤めだったのが大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授)です。
 その大沼先生による特別講演の記事『聴覚障害に携わる方々へのメッセージ』(3443通信No.329~331)に続きまして、ここでは大沼先生のご著書『あなたの耳は大丈夫?』より、耳の聞こえについてのお話を一部抜粋してご紹介させて頂きます。

感音難聴の聞こえのシミュレーション
▼破れたスピーカーの歪んだ音声

 難聴の耳が聞いている音はどんなものなのか。本当のところ、健康な耳の持ち主には、耳栓で体験できる伝音難聴の聞こえしか知る方法がありません。感音難聴の人が説明してくれるところによると、プールの底から水際に立った人の声を聞くような感じだとか、破れたスピーカーの歪んだ音を聞くような感じというのが多いようです(図11)。
 感音難聴では単に音が小さくなるだけではなく、元の音は想像できないほどに歪んでしまい、何を言っているのか識別しにくいという特徴があるようです。

P.32 図11
 図11


 感音難聴の聞こえを聴覚が正常な者が実際に体験することは容易でないので、模擬的に音や画像を加工した難聴のシミュレーションビデオがいくつか作成されています。
 1980年代に、英国の王立聴覚研究所が中心となって製作した「曇りガラス越しに聞く世界」には、難聴程度の異なる3人の生徒が、教室で補聴器を通してどのような音を聞いているのか、シミュレーションした音声と画像が記録されています。
 割れて響く、聞くに堪えないようなすさまじい音でも必死に聞いて、それを頼りにがんばって授業を受ける姿にショックと感銘を受けます。

▼老人性難聴への理解
 このごろは高齢者の福祉が社会的なテーマとして取り上げられるようになり、年をとることと聴力のおとろえの問題に、関心が集まるようになってきました。高齢者の聞こえの不自由さを疑似体験することにより、難聴についての理解を深めてもらおうという試みも、いろいろなところでされているようです。
 一般の人を対象にした「難聴の聞こえのシミュレーションコーナー」を、住宅産業などの企業が特別に設置する動きも見られます。「視聴覚の老化状況のビデオ」(積水ハウス政策・大沼直紀監修)は、10分間のビデオテープです。
 ここでは、高齢者の聞こえの特徴を、単に音が小さくなるだけではなく、母音(アイウエオ)よりも高い周波数成分の多い子音(とくにカ行、サ行、タ行)が聞き取りにくくなる特徴を“たけしたさん”という音を素材にして加工したうえ、音声表示し、同時に映像で模式的に表してあります(図12)。

P.34 図12
 図12


 また、この傾向は、周囲にノイズがあったり、響きのよすぎる(残響のある)場所では、とくに顕著になり、話の内容がわかりにくくなります。
 聴覚の老化を疑似体験する「シニア・シミュレーション」のコーナー(東京ガス新宿ショールーム/東京都福祉機器総合センター、飯田橋のセントラルプラザ内/大沼直紀監修)も開設されています。一般の来館者が、TVモニターの画像と音を手がかりに、難聴の高齢者の聞こえの困難さを疑似体験することができます。
 これには、難聴者が日常生活で遭遇する6種類の音の環境場面が用意されています。タッチパネルを押すと、それぞれの画面に、もっとも聞き取りにくく作られたものから聞き取りやすいものの順に、3段階に加工された音や言葉が開設の画像とともに大型モニターに提示されるしくみになっています。

 はじめに「80歳以上で中域から高域の周波数の聴力が低下している場合の聞こえ」、次に「70歳以上で高域の周波数の聴力が低下している場合の聞こえ」、最後に「聴力が正常な場合の聞こえ」が体験できます。

 ここで使われる6種類の音の素材は、次のようなものです。

(1)音楽A…オルゴール=高い周波数の音が消えてしまい、曲目がわからないほど切れ切れに聞こえる。
(2)音楽B…交響曲=高い周波数の楽器の音が聞こえないので、曲目は分かるが歪んだ音になり、美しく響かない。
(3)野外A…街角で道を尋ねる(音声+交通騒音)=自動車の音が大きくて、人の声が消されてしまう。
(4)野外B…犬の声=犬の鳴き声であることはわかるが、大きい犬の太い声のように響いてしまう。
(5)屋内A…孫の呼ぶ声=静かな家の中で呼ばれるので比較的よくわかるが、声の質が実際より低く感じる。
(6)屋内B…病院の待ち合い室で名前を呼ばれる(音声+周囲の声)=ガヤガヤした周囲の声が大きく響き、聞こうとする音声が聞き取れない。

 しかし、難聴の具合は人さまざまです。疑似体験やシミュレーションには限界があることを認識し、これだけで「障害を理解した」と思い込まないよう、気をつけたいものです。

【前話】「あなたの耳は大丈夫?」6

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