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3443通信 No.372


 アレルギー疫学調査に参加されていた幸野健先生のエッセイをご紹介させて頂きます。

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エッセイ『プリズム 西安珍名所紀行:穴居の人々とイスラム街
­­~ユーラシア・アトピー紀行番外篇~

市立吹田市民病院皮膚科 部長(当時)
幸野 健


(以下、2002年11月3~9日の中国アレルギー調査日記より)
  南京医大国際鼻アレルギーセンター教授・三好彰先生の調査団に参加し、中国・チベットでアトピー調査をしている。南京やラサではスムーズに調査できたが、西安はそうは行かなかった。昨年そして今回も、西安まで行ったあげく、中国側の急な事情で中止となった。

穴居する人々(ヤオトンの村)
 「主な所は見物したし・・・どうしようか?」と思案。だが今回は札幌市立高専助教授、建築学者の八代克彦先生という強力な助っ人が同行しておられた。西安で伝統建築の研究をされ中国語はペラペラ。ユニークな建築家だ。「穴居の村へ行きましょう!」全員賛成。
 運転手もガイド氏も行ったことがないという。西安北西、ピラミッドみたいな丘陵墓が林立する黄土高原。いにしえの「秦」の地だ。穴の家は「窰洞ヤオトン」(窰は「釜」の意)と呼ぶそうだ。

 長閑な村は奈良を思わせる。「八代先生が戻って来た!」と、村人が顔をほころばせて集まって来た。政府の補助でヤオトンを壊し新居を建てたという。なんとか現存しているヤオトンに案内してくれた。地面を垂直に掘り抜き、そこを中庭として、横にアーチ型の穴を掘り住居にしている(図1)。

図01
 図1 ヤオトンを上から覗かせてもらう。


 なぜこんな厄介な事をするのか? 寒暖差の激しい乾燥した気候、外敵等色々理由があるらしい。遠くから地平を眺める限り、こんな家があるなんて夢にも思わない。中は実に快適そうだ。夕食の餃子を作っていた(図2)。

図02
 図2 ヤオトンの内部を見せてもらう。


 八代先生留学中にはヤオトンが沢山あり、地面にボコボコと長方形の穴の開いた幻想的な眺めだったとのこと。破壊が進んでいるらしいが、日本の政治家の「中国にはまだ穴に住んでいる連中がいる」という無神経な発言が影響しているのかも知れない。
 「穴」とは言え、これは優れた文化だ。古代からの先進地域であるこの地方の生活の知恵である。この文化財を残して欲しいものだ。次に西安を訪れる時にまだヤオトンはあるだろうか?

明代の家へ
 西安の中心広場に戻る。美麗優雅な「餃子宴」で有名だ。タコヤキ屋(日式章魚包とかいう)まである。裏街へ行く。路地を入ると明代の地主宅があった(図3)。

図03
 図3 西安の路地裏には明代の家が…。


 優美精緻な造り。残っているのは珍しいとのこと。荒廃していたのを改修したので、住民はきれいに住むよう義務付けられている。最近の中国は古建築保存ブームらしい。家の奥まで入れてくれた。八代先生のように中国語が話せ中国の文化・伝統を重んじる外国人に対し彼らは観光客に見せるのとは別の顔を見せる。ホテルの売店の女の子たちも私に対する顔と八代先生へのそれは全く別人(まさに別嬪だった)(彼が男前だということもある。)「これが本当の中国人の顔なのだ」と思うことしきりであった。

イスラム街へ
 屋台が並びバザールみたいだ(写真4)。ウイグル族(回族。回教はこれに由来)が多く、人々の顔つきも目鼻立ちがくっきりした西洋人風。女性は美人!けだるいアラブ音楽が流れている。西安はシルクロードの東門。ここから甘粛、青海、新疆へと続く(その西はカザフスタン、パキスタン。アフガニスタンからも進入可能。中国領に入れば誰も手を出せない。中国政府もイスラム系住民には気を使っている)。

図04
 図4 イスラム街のバザール


イスラム料理を食べる
 食道入り口に「清真」とある。「イスラム教徒なので豚肉・酒は出しません」の意。自転車スポークに刺した羊肉を焼いて出してくる。ハーブが効いて美味しい。いくらでも食べられて困る。「包子」は巨大な小龍包(大龍包)。うまいが、冷えてから摘まむと、バシャッ! 薄皮が破れ熱いスープが飛び散る大爆発だ!

モスクへ
 バザールの奥に「清真大寺」というイスラム教寺院(モスク)がある。仏教寺院みたいだが、アーチや複雑に装飾したアラブ文字が飛び交って夢のような不思議世界を現出している。(図5)。

図05
 図5 イスラム街のモスク(清真大寺)


 中国風だが礼拝時間を唄で知らせる塔(ミナレット)もあった。聖堂には聖地メッカの時間を知らせる時計もある。礼拝時間が近いらしい。頭に小さな帽子を載せた老人たちが集まって来た。中国文化はモザイクなのだ。西安ではアトピー調査はできなかったが、この認識が深まっただけでも価値のある旅であった。
 観光地でもない変な所ばかり行く日本人に漢族のガイド氏、運転手は呆れ顔だった。しかし、「そうか、日本人はこんな所が好きなのか」と思ったようだ。今後西安に行く人は彼らに連れて行かれるかも知れないのでご用心。


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