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2023年12月 No.346

耳のお話シリーズ25
あなたの耳は大丈夫? 3
~大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授・元学長)の著書より~

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引き続き
 私が以前、学校医を務めていた聴覚支援学校。その前身である宮城県立ろう学校の教諭としてお勤めだったのが大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授)です。
 その大沼先生による特別講演の記事『聴覚障害に携わる方々へのメッセージ』(3443通信No.329~331)に続きまして、ここでは大沼先生のご著書『あなたの耳は大丈夫?』より、耳の聞こえについてのお話を一部抜粋してご紹介させて頂きます。

耳のしくみと聞こえのしくみ
▼鼓膜までの道のり…外耳のしくみ
 耳から入った音が大脳で理解されるまでの道筋を見ていくと、たいへん複雑なしくみになっています。
 わたしたちが通常「耳」と呼んでいるのは、「耳介(じかい)」のことで、耳の機構のほんの一部にすぎません。耳介は軟骨でできていて、血管も脂肪層もあまりありません。寒さがきびしいとこたえるのは、このせいです。
 また、耳介をよく見てみると、なぜこんなに不思議な形をしているのかと思いますが、音楽をイヤホンで聞くときや、補聴器を装用するときに耳介がないとたいへんです。
 耳の穴の奥は、迷宮のように入りくんでいます。目には見えない奥のほうはどのようになっているのでしょう(図5)。

P.19 外耳の図
 図5 外耳の図
 

耳の穴と呼ばれる外耳道の奥行きは、おとなで約3センチメートルあり、まっすぐではなく少しS字型に曲がっています。直径は鉛筆の太さと同じくらいですが、半分ほどいったところでいったん狭くなっています。
 外耳道の中には細かい毛が生えていて、常に動いています。これが、乾いた耳垢や皮膚のカスを外に運びだす働き(自浄作用)をしてくれています。外耳道の入口付近の軟骨は厚い皮膚で覆われていますが、奥の側頭骨との境には薄い皮膚があるだけですから、耳掃除のときには注意を要します。

 また、外耳道の入口からいったん狭くなるあたりの底部には、刺激するとセキが出る神経が通っています。綿棒を使ったりすると、反射的にセキが出るのはこのためです。
 外耳道の奥は鼓膜に突き当たります。鼓膜は高さ9ミリ、幅8ミリほどの楕円形で、奥に向かって少しへこんだ凹状になっています。普通、向こう側が透けて見えるくらいの半透明で、真珠のような色をしています。厚さはティッシュペーパーほどで、3層になった比較的強い膜です。

 子どもの鼓膜は薄くて弾力があり、少しぐらい穴が開いても自然にふさがりますが、おとなになるにつれて厚くて固いものとなり、穴が自然にふさがるようなことはなくなります。
 ここに述べた耳介から鼓膜までを、外耳と呼びます。鼓膜は外耳と、その奥の中耳とを分ける境界線となります。また、鼓膜を太鼓の皮にたとえて、中耳の空間は「ティンパニー」とか「鼓室」とも名づけられています。

▼鼓膜の多くへ進む…中耳のしくみ
 中耳には人体の中でももっとも小さいといわれる、耳小骨(じしょうこつ)という3つの骨があります。ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨と呼ばれるこの3つの骨は連鎖して、鼓膜から内耳との境である正円窓につながっています(図6)。そして、テコの作用をして圧力を高め、鼓膜の僅かな振動を中耳へと伝えるわけです。

P.20 中耳の図
 図6 中耳の図


 また、この耳小骨は、突然強い音が耳に入ったときに、そのショックで奥にある大事な内耳が破壊されないよう、弱音器の働きをして、安全弁の役割も果たしています。
 中耳の下部と、鼻の後ろにあたる喉の上部とは、耳管という管でつながっていて、外の空気が中耳に通じるようにできています。耳管の働きがうまくいかないと、中耳内と空気圧とのバランスがくずれ、エレベーターの急激な昇降の際に体験するような耳の不快感を味わうことになります。

 子どもの耳管は、短く太く、まっすぐ水平に通っているので、喉から中耳へ細菌が通って感染症を起こしやすくなっています。
 一方、おとなの耳管は普段は閉じていて、セキやクシャミをしたときや、ものを飲み込んだときに開放されます。しかも、長く弓状に、下向きに傾斜して通っているので、中耳にたまった液の排出にも都合がよいのです。

▼同じ音でも聞こえ方は人さまざま
 外耳から外耳道に入った音は、鼓膜に達するまでに変化し、もともとの音より高い音質になることがわかっています。外耳道の形は、鼓膜のところで閉じている試験管のようなものです。ビンの口に唇をつけて息を吹きかけ、鳴らしてみると、大きなビンほど低い音がします。3センチほどの小さな外耳道をビンと考えれば、鳴らすと高い音が共鳴して出てくると想像がつくでしょう。

 これは外耳道共鳴と呼ばれ、2000~3000ヘルツという高い周波数の音が、本来の音よりずっと強くなる現象です。平均的には、2700ヘルツあたりに共鳴のピークが見られます。この外耳道により自然に作り出される音の増幅効果の恩恵を、人間の耳は生まれながらに受けているわけです。

 外耳道共鳴の周波数は、外耳道の長さによって個人差があります。同じ音を聞いていても、外耳道の短い人は、長い人に比べて、より高い音質が強調されるのです。その結果、それぞれの耳で異なった音を聞いていることになります。

▼成長過程でも聞こえ方は異なる
 赤ちゃんの耳は非常に小さく、成長するにつれ、外耳道のサイズも大きくなっていきます。生まれたばかりの赤ちゃんが聞く音は、7000ヘルツ以上の非常に高い周波数が強調されているようです(図7)。
 それが1歳から2歳にかけて急激に外耳道の大きさが変わるのに伴い、共鳴のピークがどんどん低い周波数へと移っていきます。そして3歳までには、ほぼ成人の外耳道の大きさに近づき、2700へルツあたりの共鳴効果に落ち着きます。

P.22 聞こえの違い
 図7 音の聞こえ方の違い


 外界の同じ音に対して人それぞれが異なった音を聞いているだけではなく、同じ人の耳でも、その成長過程で異なった音として聞いているのですから、音と聞こえ方の関係は不思議なものです。

 ちなみに、生まれる前は、母親の腹壁と羊水を通して聞くので、水にもぐって聞くような感じになっていると考えればよいでしょう。300ヘルツ以下のかなり低い音は届きますが、2000ヘルツ以上の高音はほとんど伝わらないので、相当に低い音に囲まれて、生まれるのを待っているといえます。

▼中耳まで音が運ばれる道のり
 さて、外耳から中耳までの耳のしくみをみてきましたが、音が運ばれてくる間の、聞こえのしくみについてもみてみましょう。
 まず、集音作用をするのは耳介です。また、両方の耳介が働いて、音がする方向の判断や、特定の音とその他の雑音との区別をしやすくしてくれます。耳介の曲がった渦巻き型の形状によっても、音質が少し変化します。

 外耳道を通る音には共鳴効果が加わって、2000~3000ヘルツにかけての高音域に自然の増幅効果が与えられます。
 空気中を伝わってきた音の振動は、中耳で「音響エネルギー」として鼓膜に集められるのです。中耳は、このエネルギーの変換器であるといわれます。
 鼓膜までやってきた音響エネルギーは、耳小骨と呼ばれる3つの骨が連動する「機械エネルギー」に変換されます。そしてさらに、耳小骨の動きが内耳との境にある正円窓に伝わると、内耳のリンパ液に波動を生じさせます。ここで「機械エネルギー」は「水力エネルギー」に変換されるわけです。

【前話】あなたの耳は大丈夫?2 


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 院長とは古いお知り合いで、院長監修の医学コミック『難聴早期発見伝』にもご登場頂きました秋田の阿部隆先生に、ユニ・チャームが発売した『顔がみえマスク』という、透明な素材で出来たマスクをお送りしました。
 この商品は、新型コロナウイルス感染症の流行以降、マスクの常時装用によって顔や口の動きが遮られ、人とのコミュニケーションが取りづらくなってしまう耳の聞こえない難聴児・者向けに開発されたものです。
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 マスク装用による難聴児・者のコミュニケーション障害の実態についてまとめたエッセイも、ぜひご覧下さい。

難聴児・者に対する新型コロナウイルス対策マスク装用の影響」(耳鼻と臨床 69巻)
マスク装用難聴児・者の困惑に対する医療関係者の理解」(宮城耳鼻会報 86号)

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