3443通信 No.360
耳のお話シリーズ39
「あなたの耳は大丈夫?」17
~大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授・元学長)の著書より~


私が以前、学校医を務めていた聴覚支援学校。その前身である宮城県立ろう学校の教諭としてお勤めだったのが大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授)です。
その大沼先生による特別講演の記事『聴覚障害に携わる方々へのメッセージ』(3443通信No.329~331)に続きまして、ここでは大沼先生のご著書『あなたの耳は大丈夫?』より、耳の聞こえについてのお話を一部抜粋してご紹介させて頂きます。
人間の声と耳、不思議な関係
耳はなぜ、頭の両側にひとつずつついているのでしょうか。耳はどうして、あんな複雑な形をしているのでしょうか。
耳があるのはごく当たり前と思って人間は生活していますが、よくよく考えてみると、耳には不思議がいっぱいあります。
軟骨でできたコリコリした感じの耳が、なぜあんな形をしているか、実をいうとまだ解明されていません。研究者にとっても、まだまだ耳は不思議がいっぱいの存在です。
それでもひとつ、確実にいえることは、人間の耳は、人間の声を聞くのにもっとも適した形と構造をしているということです。人の耳は人の声を聞くのに適しているだけでなく、造形的にも美しいものなのです。
人間の出せる音と聞き取れる音
▼生物の出せる音と聞こえる音の高さ
コオロギのオスはメスに対して、5キロヘルツほどの高さをもった音を発して、交信しようとします。それに対してメスのほうは、ちょうどその高さの音を感度よく聞くための鼓膜や、聴神経をそなえています。
虫、魚、鳥、哺乳類など、ほとんどの動物は、たがいに音声を発し、そして、音声を聞いて、なんらかのコミュニケーション行動をとっています。
エサをとったり、外敵から逃げたり、あるいは相手を威嚇する手段としても、音声が大きな役割を果たしています。
ところが、それぞれの動物の「聞こえる」音の範囲と、自ら「出せる」音の範囲は異なっているのです(図58)。

図58
だいたいは、聞こえる音の範囲のほうが、出せる音の範囲より広いようです。
キリギリスのように、自分の発する音の高い周波数を自分の聴覚では聞くことができないという例外もありますが、ネコでもイヌでもコウモリでも、自分の鳴き声よりも、聞こえる音の周波数のほうが、ずっと広い範囲をカバーしているのです。
その理由のひとつには、仲間同士のコミュニケーションには、ある程度の幅の音を出せばすむので狭くてもよいけれど、外敵や危険物などを知らせる注意信号となる周囲の音は、なるべく広い範囲でとらえる必要があることが考えられます。
▼人間の声の特徴
「アー」と声を出しながら喉に手を当ててみてください。振動が感じられます。喉の奥(喉面)の声帯が振動しているのです。
このとき、人間の声帯は1秒間に100から300回振動します。男性では平均125ヘルツの原音が、女性では平均250ヘルツの原音が喉から発せられるわけです。人間の声帯で出せる音は、およそ85ヘルツから1100ヘルツの範囲です。
さて、喉から出た音は、口腔や鼻腔などの空間を通るときに共鳴し、2倍、3倍の周波数を含んだ豊かな音声に作り替えられます。
「ンー」という音声(鼻音)は鼻腔の共鳴で作られます。鼻をつまんで「ンー」は出せませんが、「アー」は出せます。口の開き具合や舌の位置などを変えることにより共鳴も変わり、「ア」と「イ」のようなさまざまな違った音声を作り出すことができます。
このような母音は声帯から出る基本周波数の正数倍の、より高い周波数の成分(第1ホルマント、第2ホルマントと呼ばれる)がいくつか組み合わさってそれらしい音声になっています(図59)。

図59
母音を聞き取るときには500ヘルツから2000ヘルツあたりの低い周波数の聴力が関係します。母音や鼻音、それにバ・ダ・ガなどb・d・gの濁音のように、声を出すとき声帯が振動する音です。
それに対し、パ・タ・カなどのp・t・kのような子音は、唇、歯、歯茎、舌、口蓋を使って隙間を作り、そこを空気が流れるときの雑音を共鳴させて作り出します。この音は3000ヘルツ以上の高い周波数成分が多く含まれています。
ですから、子音を聞き分けるには高い周波数の聴力が関係します。また、ささやき声は声帯を振動させないので高い周波数成分の多い音声となります。その結果、年をとって高い周波数の聴力がおとろえると、人のささやき声が聞きとりにくくなるわけです。
【前話】「あなたの耳は大丈夫?」16