3443通信 No.367
耳のお話シリーズ46
「あなたの耳は大丈夫?」24
~大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授・元学長)の著書より~


私が以前、学校医を務めていた聴覚支援学校。その前身である宮城県立ろう学校の教諭としてお勤めだったのが大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授)です。
その大沼先生による特別講演の記事『聴覚障害に携わる方々へのメッセージ』(3443通信No.329~331)に続きまして、ここでは大沼先生のご著書『あなたの耳は大丈夫?』より、耳の聞こえについてのお話を一部抜粋してご紹介させて頂きます。
無音、無響室の居心地悪さ
▼音声の明瞭度は無音、無響室が最高
言葉の聞き取りには、音声を聞き取る邪魔になるノイズや残響音がない、無音かつ無響の部屋が最高の環境であるといえます。
難聴者の聴力レベルを調べる検査なども、無音、無響室で行ないます。物音をたてても声を出しても、音が厚い防音素材でできた壁や床にすっと吸い込まれてしまい、一瞬あとにはまったくの静寂が訪れる……。
しかし、それなら耳の遠くなったお年寄りの居室を無音、無響にリフォームすれば暮らしやすくなるかというと、必ずしもそうではありません。
人間と言うのはおもしろいことに、多少の雑音があったほうが快適に過ごせるのです。聴覚や音響の研究室などには、聴力検査などのための無音、無響室がありますが、たいていの人はここにしばらくいると、なんとなく居心地の悪さを感じ始めます。
ひとりでこんなところに長くいたら、精神的にどうにかなってしまいそうな気さえします。
聞き取りの明瞭度は多少落ちても、他人とのコミュニケーションがはかれる家族や人の集まるところにいたほうが、総合的には、聴力にとってもよい環境といえるでしょう。
▼聞こえをよくする工夫
では、無音、無響という極端なものではなく、日常生活の中でできる音響環境をよくする工夫を考えてみましょう。
音が響かないというのは、吸音性が高いということです。音を吸収するもっとも身近で手に入りやすい素材は、厚手の布です。厚地のカーテンをかけるだけで、低い周波数の音はずいぶん吸収されます。
高い周波数の音を吸収させるには、穴がたくさん開いた「多孔質壁」が適しています。多孔質壁に厚手のカーテンをプラスする方法なら、高い周波数の音も、低い周波数の音も吸収してくれます。音をはね返す固くて表面がつるつるしたものの前には、カーテン、タペストリー(布製の壁かけ)などをかける。これが日常生活の中で手軽にできる、音声を聞きやすくする工夫です(図37)。

図37
最近では、吸音性の高い建築素材もいろいろ開発されてきています。お年寄りのために家の増改築を考えているなら、設計の際に検討してみてはいかがでしょうか。
コラム「テレビの加工音声の聞き取りにくさ」
●聞き取りにくい歪んだ音
最近、事件報道などのテレビ番組では、出演者のプライバシー保護の目的で、わざと姿をぼかしたり、話し声を加工して歪ませたりして放送することが多くなったように思います。
補聴器を使用してテレビを見る難聴者の立場からすると、姿をぼかすのはともかく、加工された音声の聞きにくさはたいへん気になる問題です。
この不自然に歪んだテレビの加工音声を聞き取るには、健康な耳を持っている人ですら、耳を澄ませたり、話の流れから前後を類推したりと、かなり苦労します。また、仮に聞き取りに問題がなかったとしても、不自然な加工音に対する不快感はぬぐえません。
●何を話しているのか不明は問題あり
話しているのが「誰なのか」を特定されないような配慮であることは理解できるのですが、「何を話しているのか」までもがわからなくなってしまうような音声加工のしかたは、やはり問題があるのではないでしょうか。
難聴者の中には、こういった音声が加工される場面は、視聴者に「何を言っているのかわからないようにするため作られたもの」と勘違いしている人さえいるほどです。
●高齢者や難聴者への配慮を
不自然に歪んだ音声、不明瞭な話し方ほど、高齢者や難聴者にとって聞きにくいものはありません。テレビの加工音声はその最たるもので、ただ音が出ていることがわかるだけなのです。
こんなときは、字幕などで文字情報も一緒に流してくれると、理解度がグンと向上します。あいまいにしか聞こえていなかった音が、視覚的な情報に補完・相乗されて、急に意味を持った音の流れとして聞こえてくるのです。関係者の配慮を切に望みます。
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