3443通信 No.368
耳のお話シリーズ47
「あなたの耳は大丈夫?」25
~大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授・元学長)の著書より~


私が以前、学校医を務めていた聴覚支援学校。その前身である宮城県立ろう学校の教諭としてお勤めだったのが大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授)です。
その大沼先生による特別講演の記事『聴覚障害に携わる方々へのメッセージ』(3443通信No.329~331)に続きまして、ここでは大沼先生のご著書『あなたの耳は大丈夫?』より、耳の聞こえについてのお話を一部抜粋してご紹介させて頂きます。
聞く、聴く、訊く
▼受け身で聞く、積極的に聞く
人が音や声を耳に感じる行為にあてる漢字には「聞く」と「聴く」、あるいは「訊く」があります。これらには音声を耳にする人の心理的な差異が表されているようです。
「聞こうとして聞く」場合、英語では「listen to(聴く)」が使われるのをみれば、違いよくわかります。わざわざ目的を示す助詞「to」がつくくらいですから、注意を向けて聴くという構えがあります。
一方、「hear(聞く)」には、消極的な姿勢が感じられます。なにげなく聞く、聞く気はないが聞こえるといった場合に用いられるからでしょう。
こうしてみると、「聴く」が主体的で能動的なのに対し、「聞く」は受動的といってもよいかもしれません。
▼音を理解するのは脳
感音難聴や老人性難聴では、話し声が音としては「聞こえて」も、言っていることがわからないという言葉の明瞭度の低下が起こります。しかし、それにもかかわらず、「ききたい話、きく必要のある話」は意外なほどよく「聴き取る」ことができるのです。
これは聴覚の選択的聴取が働いた結果です。
鼓膜を経て入力されたすべての音の刺激がみな同等の価値を持たされていたのでは、情報過多で消化不良を起こしてしまいます。
漠然と聞くだけなら耳が機能するだけでよいのですが、聞く必要のある音と必要のない音をより分け、聞きたい音に注意を向けるという働きは、脳が受け持っています。
聞くという作業は、たんに音を感じるだけでなく、内容まできちんと理解することで終了します。とすると、音は脳で理解する、つまり、脳で聞いているということがいえるでしょう。
聴力というのは、実によくできたしくみになっています。時と場合に応じて耳中心に、あるいは脳中心にと自由自在にスイッチを入れ替えながら、ひたすら自分が意識を向ける相手や対象物の発する音声を聞き取っていくのです(図38)。

図38
▼聞きたいと感じるのは心
大好きな恋人のささやきがすべて理解できるのも、かわいい孫の言うことならよくわかるのも、「この音を聞きたい」という心の強い欲求によって、脳の働きが活性化されるためです。となると、音は心で聞いているともいえます(図39)。

図39
好きな人、話したい人に囲まれていることは、聴覚活用のための最高の環境です。
また、「聴く」よりももっと積極的な感じのする「訊く」は、こちらから相手に向かっていって、詳細を知りたいと働きかけるコミュニケーションの心理が作用しています。
これはもう、耳だけの働きではすまないレベルの行為です。
残る聴力を最大限に活かし、よりよく聞くには、心身の健康に加え、社会性や行動力も大きく影響してきます。
聞こえないからといってコミュニケーションを避けていては、聴力は低下するばかりです。話しかけてくれないなら、こちらから話しかけにいく、ぐらいの積極的な姿勢が聴力の低下を防ぎ、聴く能力を高めます。
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