3443通信 No.371
東北海道を巡る旅(前編)
総務課 青柳 健太
はじめに
本通信で、たびたびご紹介している北海道白老町の武永真さん(元 仙台藩白老元陣屋資料館長)が2025年3月末に退職されました。
院長の5代前の先祖である三好監物が、幕末に蝦夷地警備の責任者として白老町に警備本部(元陣屋)を築いた歴史的なご縁があり、院長は1989年から2019年の30年に渡って白老町内の小中学校における耳鼻科健診を実施して来ました。
武永さんにはその都度、健診に関する様々な面でご配慮を頂きまして、滞りなく健診を行なうことができました。この場を借りて心から御礼を申し上げます。
さて、実は武永さんと白老町でお会いするたびに、院長は昔訪れたことのある東北海道(釧路・厚岸)をもう一度訪れたいという相談をしていました。そして、来年には北海道を離れるという武永さんとの最後の北海道を巡る旅の実施が決まったのです。
【行 程】
・9月24日(水)
午後の便で仙台空港から新千歳空港に飛び、武永さんと合流。
道央の帯広市まで車で移動し、十勝川温泉のホテルで1泊。
・9月25日(木)
朝に十勝川温泉を出発。阿寒湖の遊覧船に乗船しチュウルイ島のマリモ展示観察センターを見学。阿寒湖アイヌコタンに立ち寄り、その後、屈斜路湖、硫黄山を巡って厚岸町へ。
夜、厚岸町関係者と情報交換。
・9月26日(金)
午前中に釧路湿原を見学。帯広で名物豚丼を食べて新千歳空港から仙台へ戻る。
【1日目】9月24日(水)
そして迎えた旅の当日。この日は午前中のみの診療を行ない、午後から仙台空港発15:40のエアドゥ107便で新千歳空港へ向かい、そこから武永さんの車に同乗させて頂くことになります。
天気は晴れ。絶好の旅日和です。
本土を左手にのぞみながら1時間ほどの空の旅の後、飛行機は新千歳空港に到着します。
到着ゲートでお出迎えをしてくれたのは、旅のアテンドをして頂く武永さんと、武永さんからご紹介頂いた飛び入り参加の佐藤けい子さんです(図1)。

図1 左から佐藤さん、武永さん、院長
じつは佐藤さん。お母さんの旧姓が三好姓で、昨年に開催された白老元陣屋資料館開館40周年記念『陣屋の日』のイベントに参加されたのをきっかけに、幾度となく白老町に足を運ばれているとのこと。
お話を伺うと、その行動力たるや脱帽で、今回の旅の数カ月前にも白老町を訪れていたとのことで、その際に武永さんから「仙台の三好先生が9月に来るよ」と聞くやいなや「ぜひ一度お会いしたい!」と熱望され、一夜限りではありますが、旅の道連れとしてご一緒することになりました。
さて、久々の再会と初めましてのご挨拶を終えたメンバーたちは、これから2時間半かけて帯広迄移動……する前に、時間的にホテルに到着しても夕食時刻が過ぎてしまうため、空港内で夕食を済ませることにします。
札幌ラーメン『雪あかり』さんで夕食
インバウンドの影響もあり施設の観光地化が目覚ましい新千歳空港のターミナルビル内は、多くの人で賑わっています。
夕食の時間も差し迫っているのもあり、ラーメン店が集まる区画は一際賑わいを見せていました。
ちょうど空席のあった『雪あかり』さんに腰を降ろすメンバーたち。
こちらはベーシックな札幌ラーメンのお店で、鳥と豚ガラをベースにし、日高昆布の出汁を加えたあっさりとしたスープが特徴です。
メニューを目の前に選ぶこと数分。メンバー全員が北海道らしく『ホタテバターコーンラーメン』(図2)をチョイスしました。中太のちぢれ麺がスープとよく絡み、大きなホタテの優しい甘味が、スープにコクを加えてくれます。アツアツの麺を無心に啜っていると、あっという間に完食してしまいました(図3)。

図2 ホタテバターコーン味噌ラーメン

図3 いただきます
さて、お腹も満たされたメンバーたちは、重くなった体をワゴン車の座席に沈め、約170キロ東にある帯広市十勝川温泉へと向かいます。
雄大な北海道の景観を楽しみたいところではありましたが、すでに日は落ちて辺りは真っ暗。北海道横断自動車道の交通量もまばらで、想像以上に暗い道のりをひたすら東に向けてひた走ります。
音更帯広ICを下り、すぐ近くにある柳月スイートピア・ガーデン(最終日に昼食をとるために寄りました)にてトイレ休憩を取ります。
よく見ると駐車場には、十台以上のキャンピングカーが停車しており、北海道の自然の中でゆっくりと車中泊キャンプをする人たちの静かな気配が感じられました。
十勝川温泉に到着
そして20時を過ぎる頃に、無事に今日の宿である十勝川温泉『観月荘』さんに到着です。この時間になると誰も外に出る人はおらず、街灯のない暗闇の中を走るのは私たちの車だけという状態で、寂しさを過ぎて怖さを感じるほどでした。
ようやく温泉街に入ると、文明の灯が私たちを迎えてくれてホッと一安心。無事にホテルにチェックインを済ませることができました。
武永さん、運転お疲れ様でした!
美人の湯モール温泉へ
すでに夜も遅くなっていたため、あとはお風呂に入って寝るだけです。ホテルの魅力を味わい尽くす余裕がないのが残念でした。
ホテルの魅力を味わい尽くす時間がないのが残念なほど、和を基調としたモダンな雰囲気がとても素敵なホテルです。
そして何よりも売りにしているのが、この地方の泥炭層から生まれ出る植物性のモール温泉です。やや黒っぽい色合いで、植物由来の成分と岩石ミネラルの両方を含んだお肌にとても優しい泉質であることから浸透性に優れており、化粧水のような保湿効果があるそうです。そのためお湯に浸かると、お肌がツルツルのすべすべに変貌してしまうという、まさに美人の湯に相応しい温泉と言えます。
限られた時間ではありましたが、暗闇の中を流れる十勝川の川音に耳を傾けながら、ゆっくりと一日の疲れをお湯に溶かしていきます……(ブクブク)
後から伺ったのですが、なんとこのホテルは武永さんと奥様との思い出の場所でもあるらしく、私からホテルの案内を聞いた際には「え、ほんとに!?」と驚かれていたとのことです。偶然とはすごいですね!
強行スケジュールのため、ゆっくり滞在することは出来ませんでしたが、少しでも懐かしい気持ちになって頂けたら幸いです。
【2日目】9月25日(木)
昨日とはうって変わって、シトシトと雨が降る帯広の朝。夜は見えなかった雄大な十勝川がすぐ目の前を流れています(図4、5)

図4

図5
さて、出発前に腹ごしらえの時間です。
ホテル観月荘さんご自慢の朝食ビュッフェは、和洋折衷のメニューの中にも地元産の素材が散見され、どれも美味しそうなラインナップで目移りしてしまいます(図6)。
武永さんに特にお勧めされたのが、地元産の2種類の牛乳(図7)。さすが北海道。牛乳には一家言(いっかげん)あるようで、ぜひ飲み比べをして欲しいとのこと。

図6 他にも数多くのラインナップがあります

図7 2種類の牛乳を味わえます
実は青柳、小学生の頃の牛乳でお腹を壊して以来、牛乳を苦手としてします(汗)。でも、ここまできて飲まないのも勿体ない。アドバイスに従いまして、二つの牛乳をラインナップに加えた朝食のお膳がこちら(図8)
メインに刺身てんこ盛りの海鮮丼を据えて、ゴマ豆腐、長芋のたまり漬けなどの副菜と、瑞々しいミニトマト、大好きな甘味として十勝アズキの白玉ぜんざいとヨーグルトです。まだまだ他にもたくさんの料理がありますが、これからの移動を考えるとこれくらいで押さえておくのが良いでしょう……。

図8 朝は控えめにします
公式朝食メニュー:https://www.kangetsuen.com/dining/
さすが食の北海道のイメージそのままに、いずれのメニューも美味しく頂きました。とくに牛乳は、飲んだことのある牛乳の風味のさらに奥に、生クリームのようなコクが感じられ「これが美味しい牛乳か……」と、初めての体験を味わいました。
さて、お腹も満たしたところで、いざ出発!。
佐藤さんとはここでお別れです。短い時間でしたが、とても楽しい交流となりました。またどこかでお会いするかも知れません。
阿寒湖アイヌコタン
弱ることのない雨脚のなか、メンバーの乗る車は順調に東へと進んでいきます。
本日最初の目的地は、北海道でも代名詞的な観光地として有名な阿寒湖と、そのすぐ傍にある阿寒湖アイヌコタンです。
阿寒湖は約15万年前の火山噴火で形成されたカルデラ湖のため、湖の湖底や周辺地域には温泉が湧くスポットが点在しています。とくに明治以降、阿寒湖温泉や阿寒湖のマリモに注目が集まると、周辺に暮らしていたアイヌの人たちが観光客に土産品を販売するようになり、アイヌの人たちが一時的に阿寒湖に集うようになります(図9、10)。
戦後、アイヌ文化の保存や経済的支援のための政策として、観光業と文化伝承の場である阿寒湖アイヌコタンが設立されました(図11)。

図9 温泉街にあるお土産屋さん

図10 言わずと知れたマリモです

図11 チセと呼ばれるアイヌの復元住居
入口には大きなアーチ状のゲートと、守護神として祀られているシマフクロウの彫像がお出迎えしてくれます(図12)。駐車場を兼ねて大通りの両側には、手作りの工芸品などが並べられたオシャレなお土産屋さんが軒を連ねています(図13)。

図13 シマフクロウがお出迎え
その中にあるお店の店先に、見覚えのある姿を見掛けました。
すると武永さんが「あの人が、(アイヌの)有名なデボさんですよ」と教えてくれました。
アイヌとシェイクスピア
じつはそのデボさんとは、初対面ではありません。
新型コロナ感染症の流行前には毎月開催していた異業種交流会ハートランドクラブ(旧キリンB会)、その会の会員に劇団シェイクスピア・カンパニーの主宰である下館和巳さまという劇作家がいらっしゃいました。
詳しくは、3443通信No.302、303の『アイヌ・オセロとシェイクスピア・カンパニー』(①・②)という記事が詳しいのでご一読ください。
その下館さんが手掛けた演劇が、シェイクスピアの名作『オセロ』を幕末の北海道に置き換えるという異色作『アイヌオセロ』で、その劇に演出家として参加したのがデボさんでした。
院長は、この『アイヌオセロ』を2018年1月の仙台公演、2019年8月のロンドン公演のいずれも鑑賞していましたので、デボさんとはじつに数年ぶりの再会となりました。
そのデボさんも、普段はお店を不在にすることが多いらしく、今回は珍しく地元のお店(図14、15)に居られたそうです。何とも縁のあるグッドタイミングな再会劇となりました。

図14 デボさんのお店

図15 偶然の再会に感謝!
雨の阿寒湖
アイヌコタンを辞した私たちは、阿寒湖の遊覧船に乗船するためすぐ近くの乗り場へ移動します。
阿寒湖と言えば特別天然記念物のマリモが有名ですが、湖の北側がマリモの群生地になっており、その近くのチュウルイ島のマリモ展示観察センターでは、マリモの生態が詳しく展示されています。
さて、遊覧船の出発までまだ少し時間があります。少し雨脚も強まってきたこともあり、気温もグッと下がって来ました。私たちは乗り場の目の前にあるビルで寒さを凌ぐことにします。
そのビルの一階は公開ギャラリー(図16)になっており、阿寒湖やアイヌにまつわる写真作品が展示されていました。

図16 遊覧船の受付が見えるギャラリー
これらの写真はアルミ製のフォトパネルに映像を写し入れた高耐久・高精細がうりのメタルプリントとよばれる技法で、半永久的に色褪せが起きないと言われている高級フォトパネル(図17~20)です。

図17

図18

図19

図20
どの写真も素晴らしいものばかりですが、特に大きく目をひいたのが、阿寒湖の氷に閉じ込めれた気泡を映した写真(図20)です。これは湖底から噴出したガスが海面に浮かび上がる途中で凍り付いた湖水に囚われたアイスバブルという現象です。厳しい冬の環境が作り上げた自然の芸術を捉えた珠玉の一枚です。
売店で温かい飲み物を飲みながら十五分ほど待機していると、遊覧船(図21)が到着しました。

図21 遊覧船の到着です
私たちはさっそく船に乗り込み、寒風に波立つ阿寒湖に躍り出ます。逞しい振動とエンジン音を響かせながら離岸した遊覧船は、反時計回りに湖を周りながら北へと進んでいきます(図22)。
船内では、雨と霧に包まれた幻想的な阿寒湖の景観(図23~25)を眺めながら、阿寒湖の成り立ちを解説する音声に耳を傾けること約30分。遊覧船はマリモ展示観察センターのあるチュウルイ島(図26)に到着します。

図22 遊覧船の航路図

図23 雨と霧の阿寒湖

図24

図25
船着場に降り立ち林の中に伸びる遊歩道(図27)を三分ほど歩くと、センターの建物(図28)が見えてきました。

図27

図28
知っているようで知らないマリモの生態
阿寒湖と言えばマリモ。マリモと言えば緑のモフモフした丸い物体。そんなイメージを大体の人は思い描いていると思います。確かにマリモは、その見た目の通りの可愛げのあるフォルムをしていますが、あれは小さな糸状体の藻の仲間が集まった集合体なのだそうです。
その一生は、以下の図29~34という行程を経ています。

図29

図30

図31

図32

図33

図34
近隣に住んでいたアイヌの人たちは、マリモという名前がつく以前から湖面や湖岸に浮かぶ緑の球体を発見しており、なんだか不思議なそれらを「トラサンペ(緑の化け物)」と呼んでいたそうです。
その後、1753年にスウェーデンの植物学者リンネが、ダンネモーラ湖でマリモを採取し学名をつけたことで認知され、日本では1897年に札幌農学校(現在の北海道大学)の植物学者・川上瀧彌(かわかみ たきや)が阿寒湖でマリモを発見し、その形状から「毬藻(まりも)」という和名をつけたのが始まりとされています。
私も実際のマリモを見るのは初めてで、大きくなったマリモはやがて崩れていくということを初めて知りました。
感慨にふける間もなく、十五分というスピード見学を終えた私たちは遊覧船にとって返し(図35)、再びドンブラコと湖を渡っていきます。

図35 ふたたび船に乗り込みます
阿寒湖名物のワカサギ料理
港に戻って来ると、時計は13時前を指しています。
はい。昼食の時間ですね。この寒い空気を吹っ飛ばすためにも、温かい料理で体も心も温めたい気持ちで一杯です。
お邪魔したのは、港から歩いて一分ほどの場所にある郷土料理の店『奈辺久(なべきゅう)』さん。ここでは阿寒湖名物であるワカサギ料理が人気とのことで、シーズンになると店内に収まりきらないほどのお客さんが訪れるとか。
ですが、オフシーズンの今はそこまで混むこともなく、すぐにテーブルに料理が並びました。
院長が頼んだのは、温かい掛けソバとワカサギのてんぷらのセット(図36)で、私と武永さんはガッツリ系のワカサギの天ぷら丼(図37)を注文。サクサクした歯ごたえと、香ばしい天ぷらの風味に箸が止まりません。

図36 かけソバとワカサギの天ぷら

図37 ワカサギの天ぷら丼
あっさりと丼ぶりは空っぽになり、体も丁度良くポカポカになりました。
次に向かうのは、阿寒湖からさらに北東にある屈斜路湖(くっしゃろこ)です。霧の名所としても知られる場所ですが、果たしてこの悪天候で湖は拝めるのでしょうか……?
次回に続きます。