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3443通信 No.372

 

耳のお話シリーズ51
「あなたの耳は大丈夫?」29
~大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授・元学長)の著書より~

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 私が以前、学校医を務めていた聴覚支援学校。その前身である宮城県立ろう学校の教諭としてお勤めだったのが大沼直紀先生(筑波技術大学 名誉教授)です。
 その大沼先生による特別講演の記事『聴覚障害に携わる方々へのメッセージ』(3443通信No.329~331)に続きまして、ここでは大沼先生のご著書『あなたの耳は大丈夫?』より、耳の聞こえについてのお話を一部抜粋してご紹介させて頂きます。

話し言葉の鎖 スピーチ・チェイン
▼留守番電話へのとまどい
 留守番電話というものが初めて世の中に出現したころ、それに出くわした通話者は誰もが一度はどう話をつないでよいものか大いにとまどったものでした。通常の電話でのコミュニケーションは、聞き手が返してくれるうなずきや返事があって、それを頼りに次の話に進むことができるのが当たり前でした。

 つまり、話のやりとりが欠かせないのです。聞き手の反応のないところで一方的に話さなければならない味気なさを感じさせる留守番電話というものは、コミュニケーションの真髄が応答関係にあることを忘れさせてしまう危険もありそうです。
 話しあっている二人の人間がいるとして、その間でいったいどのような現象が起こっているのかについて、普段わたしたちはあまり気にとめていません。話してから聞き手に話が伝わるまでには、その道筋で何段階かの過程をふむ必要があります。

 まずはじめに、何を言いたいのかを話し手が脳で考え、それを表わす語や句を選んで文を組み立てることが必要です。この過程を「言語学的段階」といいます。

 次に、発声器官である唇、舌、顎(あご)、喉頭(こうとう)などを神経や筋肉を使って動かす「生理学的段階」が続きます。そして、その結果、空気中に出された声の波動が音波として聞き手の耳に入っていく「音響学的段階」となります。さらに、聞き手の側ではその逆の過程をたどって、耳の聴覚機構が働く「生理学的段階」、脳でその言葉の意味を理解する「言語学的段階」が続きます。

 このように話し手のほうにも聞き手のほうにも、脳の段階、空気の段階、耳または口の段階という3種類の伝達処理過程を経て音声によるコミュニケーションが完成されるのです。

▼話すために耳が果たす役割
 この一連の現象を、ベル電話研究所のデニシュとピンソンは1960年代に「言葉の鎖(スピーチ・チェイン)」と名づけました。
 実は、この「言葉の鎖」にはもうひとつの脇道があることに気がつきます。話し手は話すだけでなく、自分で出した声を聞いているという、もうひとつの小さなモニターの鎖があるわけです。

 話し手は作り出そうとした声がその通りに出てきたかを、常に自分の耳に戻して確認しながら絶えず調整します。つまり、ひとりの相手と話す場面であっても、聞き手はひとりではなく、自分も含めて二人であるということになります。
 耳栓をして話すと、相手の声は小さいのに自分の声は耳の中で大きく響いて聞こえてしまいます。この、いつのまにか小さめの声で話してしまう現象、あるいは45ページで述べたような音声遅延フィードバッグ(DAF)による吃音現象なども「言葉の鎖」の一時的な障害によって引きおこされたものです。


【前話】「あなたの耳は大丈夫?」28

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